変えられるものなら

TVのニュースで、独り暮らしの老人に近づき、身の回りの世話をしながら、
老人のキャッシュカードで預金を勝手に引き出したり、亡くなった老人の遺体を廃屋に遺棄した
男女が逮捕された事件を見てたら、

母親「どうやったらてああいう事する人間になるんだろうね、育った環境なのかね」

僕「彼らが生まれた時からもう決まってたんだよ」

母親「そんな事言ったら身も蓋も無いんじゃない?自分で運命は変えられると思わないと
    駄目だよ」

僕「自分で運命を変えられたんだと思っても、実はそれも最初から決まってたんだよ」

母親「・・・・」

そう、運命を変えられるものなら、とっくに変えている。

妻の運命を変えられなかった自分をさんざん責めて来て、どん底まで落ち込んで、
希死念慮と戦い続けて、そうして導きだしたのが、「何でも最初から決まってて、
誰もどうしようもなかった。」
これが結論。

もし、運命を変えられるのなら、
変えられなかった時に、ああしていたら、こうしていれば、
この言葉がエンドレスで頭の中を回り続ける。

そんな日々が続けば、心身ともに到底もたない。
だから自己防衛機能が働いて、最初から決まっていた、そう思うようになったのだろう。

無気力だの、向上心が無いだの、覇気が感じられないと言われようとも変わらない。

そうでもしないとやっていけない・・・・


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改善案

先日の産業医との面談結果。

担当医師は、悪い人では無い感じだったので、全て正直に話した。
医師によると、僕の抱えている問題は3つ。

①妻が亡くなった事
②自身の身体の病気
③職場環境

医師に、気晴らし目的で何かしてますかと聞かれ、クルマ弄り、ドライブ、趣味友達と会う事等を挙げた。
その状況に異性はいますかと聞かれ、基本的に全て同性ですと答えると、
恋愛とか結婚目的では無く、仕事を離れて会う事が出来る異性がいると、この現状に改善が見られるかもと言われた。

さらに、話を聞いてくれて、自分を応援してくれる異性がいるとさらに良いです、とも言われた。

確かに、恋愛とか結婚とか言われると腰が引けてしまうけど、会って話をするだけの異性なら、
それほど抵抗無いかもと以前から感じていた。

そうは言っても、そんなお相手が都合良く見つかる訳もない。
こんな面倒くさくて、いい加減な人間に、貴重な時間を費やしてくれる異性などいない。
自分から行動しないと見つかるものも見つからないとは思うけど、
一体どんな行動をすればいいんだか。

医師から会社へは、③の職場環境の改善について進言しておくとの事。
進言してもらった所で何も変わらないと思うけど、自分の現状を会社に知ってもらう事は必要かな。

最後に、話したい時はいつでも連絡下さいと、医師が自分の携帯№を教えてくれた。

とまあ、こんな感じで、悪い結果には今のところなっていないので、
面談した事自体は間違っていなかったと思う。

職場環境改善は会社がする事だとして、自分を応援してくれる異性ってどうやって見つけるんだろう。
出会いの場に出かけていく気にもならないし、そもそもそう言う場はお付き合いをする前提でのものだし、
これはかなり難航しそうだ。

時の流れに身を任せるしかない。

結局、この結論か・・・


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産業医

2ヶ月ほど前に行ったストレスチェックの結果、
高ストレスと判断され、産業医との面談が組まれた。

ストレスチェックはあてはまるものばかりだったから、予想していた通りの結果。
心身ともにボロボロだから、何ともならない。
仕事を続けていられるのが不思議なくらい。

面談でいったい何を話せばいいのだろう。
何を聞かれるのだろう。
仕事の事だけを話すのか、プライベートな事まで話すのか、
ストレスの原因となっているのは根本的にはプライベートだから、やっぱりそれを話さなければならないのだろうか。

話したところでどうにもならないんだけどなぁ。
希死念慮がずっと無くならなくて、この世から消えたい、そればかり思っています、
とか言ってもいいんだろうか。

面談は来週。
さて、どうなりますやら・・・


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その先にあるもの

あのお店に行きたい。
あのメニューが食べたい。
あのタワーに上ってみたい。
あのアトラクションを経験してみたい。
あの道をドライブしてみたい。
あの絵、景色、建物を見てみたい。
あの人の歌を聴いてみたい。
あの服、靴、を買いたい。

他にもいろいろ、休日に楽しむ事が世の中にはたくさんある。
それを楽しみにして日々働いている人も多いだろう。

そこに行くと僕は、何かをしたいと思っても、いざそれを経験、達成、購入、飲食したところで、
その先にいったい何があるのか、何も無いじゃないかと言う後ろ向きな思考に支配され、
結局何もしないと言うループに陥る。

以前はそんな事は考えずに、ただその時間瞬間を楽しんでいた。

それでも趣味のものだけは、何とか興味を持ち続ける事が出来ている。
しかし、以前は気になったらすぐに手に入れていたものが、妙に考え込んでしまい、
手に入れずじまいとなる事が多くなった気がする。

楽しいと思えたから、行動を起こしたものの、結果的にそれほど楽しくなかった時の虚しさが、
実は地味につらい。
自死遺族となってからは傷つく事に過敏になり、傷つかないように回避ばかりを優先している。

全くメンドクサイ人間になったものだとつくづく思う。

心から笑えないのと同様に、何も考えず楽しむ事も出来ないようになった。
先述の虚しさを感じた時は、消えたい衝動がまた強くなる瞬間でもある。

疲れたなぁ。あとどれくらいもつのか・・・


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それはちょっと違う

先日、職場で他部署の女子と話していた時の事。

結婚についての話になって、僕が独身で妻に先立たれたと言ったら、その女子は知らなかったみたいで、
わりと驚いていた。(もちろん、自死は話していない)

基本、妻の死については自部署の人間しか知らないし、(しかも自死はさらに一握りの人間しか知らない)
自部署の人間も他言無用を貫いてくれているようだ。

そんな中、今回、妻の死をごく普通に話せている自分に驚いた。

後日、その女子と自部署の女子の会話で、今回の事が話題になり、
自部署女子 「へー、〇〇さん、奥さんの事話せるようになったんだね、
         当時は奥さんの事は決して触れてはいけないと思わせるほど、悲しんでたのに、
         立ち直る事が出来たんだね、良かったー。」

うーむ、確かに話せるようになったとは言え、「立ち直る」と言う言葉が引っかかる。

立ち直る、の意味は、酷い状態になったものが、もとの良い状態に戻る、となっている。
今の状態は、悲しみや切なさや何も変わらず、希死念慮も相変わらず消えていない。
無気力な自分もまだまだ色濃く残っている。

見た目に普通に生活してるように見えるから、立ち直った、何て思われるのかな。
生きていく為に、この現状にムリヤリ自分を慣れさせただけの事。

妻がいない限り、もとの良い状態に戻る、なんて事は絶対に無い。

あと、乗り越えると言うのも違和感がかなりある。
乗り越えるは、何だか妻の死を踏み台にしてるような気がして、到底出来るわけがない。

立ち直る、乗り越える、これは一生あり得ないから、自死遺族には使って欲しくない言葉。
まあ、こんな事を思うのは僕だけかもしれないけどね。

自部署の女子に、立ち直るについて、それはちょっと違うよと言いたいところだけど、
言うだけムダで疲れるから、スルーしておいた。

立ち直れるものなら、立ち直りたいよ・・・


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プロフィール

るい37

Author:るい37
妻を自死で亡くした40代です。

親兄弟にも言えない心のもやもやを吐き出せば少しはラクになるかなと思い、ブログでも書いてみる事にしました。

いつまでもつか分かりませんがね・・・

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