普通の感情

TVで、高齢者の看取りをやっていた。

延命治療をせず、家族に見守られながら、
息を引き取る場面があった。

周りの家族はみな泣きながら、
静かに看取っていた。


この場面は切なく、
涙ぐみながら見る場面なのだろう。

しかし、全くそんな感情は
巻き起こらない。

むしろ、
80歳90歳まで生きれば十分だろう。
家族に看取られて幸せだろう。
悲しむ事なんてない。
60年も夫婦で過ごせたなんて
羨ましい限り。

そこに感動なんて微塵もない。


妻と一緒にまだまだ先まで
歩もうと思ってた。
やりたい事、行きたいところ、
たくさんあった。

妻は誰にも看取られず、
一人でその時を迎えた。
どんな気持ちでその決断をして、
その瞬間を迎えたのだろう。

それを思うと、
高齢者の自然な死に悲しみや
切なさなど感じる事が出来ない。


もう普通の感情はどこかに
置き忘れてきてしまったんだろう。

いや、置いて来なければ
ここまで生きてこれなかったんだろう・・・


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おはようございます。
ご無沙してます。
全く同感です。
私の場合は母でしたが、同じ寿命でも自死というかたちではなく病死であればと、どんなに思ったか。
この悔やまれる気持ちは違っただろうなと。
また、近所を歩くお婆ちゃんなんかを見るとそんなに長く生きれて羨ましいなと思います。
どんな思いで1人で決行してしまったのか。
病に侵されていき、自分を見失っていった当時の母を思い返すと辛いです。
自分の話ばかりですみません。
でも家族に看取られて亡くなられる方は幸せだなと不謹慎ながら本当にそう思います。

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夢さんへ

こんばんは。

ご無沙汰しております。

病気で衰弱して自然死なら、
何ら悲しむ事はないと思ってしまいますね。

お年寄りを見ると、その年齢まで
生きられて満足だろうという思いばかり
浮かんできます。

病気は精神をも蝕み、
本当の自分を覆い尽くしてしまいます。
正常な思考や判断が出来なくなり、
取り返しのつかない結果を招く事もあります。

でも当時はやむにやまれず、その選択を
するしかなかったんだと思います。
それを思うと本当に胸が潰されそうになります。

看取られて逝く・・やっぱり幸せですよね。








かすみさんへ

どうせ看取ってくれる人もいないから、
早いうちに、と思うのは当然ですよね。

80歳90歳ならもう大往生です。
その三分の一でも妻に分けてほしいです。

それが叶わないのなら、
早くその時が来てほしいと願うばかりです。

不公平

そうですね。
【家族に看取られて亡くなる。】
【長年配偶者と連れ添う。】
一年前までは当たり前に思えたことが
今では「贅沢で幸せだなぁ」と思います。

一人ぼっちで逝ってしまった、
るい37さんの奥様やうちの主人…。
自死直前の心情を想うと、切なくて
泣けてきます。

うちの主人は、呆れるぐらい心が綺麗で
善人だった。

人生は不公平、本当に不公平。
たまに見かける、とんでもなく非常識で
意地の悪い悪人。
けれど、そんな悪人に限って配偶者と
子供に恵まれていたりする。
長生きし、大往生で寿命を迎えたりする。

何で?それが悔しくて我慢できない。

るい37さん、私も主人が亡くなって、
自分に余裕がないせいなのか、はたまた
軽い鬱状態なのか、喜怒哀楽が少なくなった
気がします。

高齢者が家族に看取られる場面、
想像しても、感動や涙はありません。

私も普通の感情は、
どこかへいってしまいました。








のあさんへ

自死遺族になってから、不公平を感じる時は
かなり多くなりましたね。

家庭を顧みない人なのに、
そういう家庭ほど、みな健康で、
図々しく生きている。

ご主人は家族を第一に考え、
常にのあさんを自分の
生活の中心においていた。
自らを犠牲にしても、のあさんの
幸せが最優先だと考える一途で
澄んだ心の持ち主だった。

どうしてそういうところを
神様は見てくれないんでしょうか。

生きなきゃいけない人、
生きてちゃいけない人、
神様の判断基準を疑います。

喜怒哀楽は減りましたね。
無感情、無感動、無反応が常です。

しかし、自死や故人の話題だけは
過敏に反応してしまう。

そんな日々がいつまで続くんでしょう。

No title

自死遺族で検索して、こちらのブログにたどり着きました。

この5月、実母が飛び降りました。
うつでした。
そしてこの夏、義父が癌で亡くなりました。


義父が息を引き取る際にベッドの横におりましたので、亡くなった瞬間も葬儀の時も涙がでましたが、やはり思うのは4ヶ月前に自死した実母のことばかり。


もしも母が病気で亡くなっていたら、こんな風に沢山の友達に参列してもらえたかもしれないのに、とか。
義父はまだ70代後半だったけど、華やかな祭壇と笑顔の遺影を見ると大往生だったよな、とか思ってしまいました。
そしてまた悲しくなりました。


もう母は戻ってくることがないけども、やはり夢さんと同様に近い年齢の方を見かけると、本当ならあんなに元気な年齢なのに、どうして母は…と思います。
ビルを見ると8階がどこかついつい数えてしまいます。
どんな気持ちで階段を上って行動を決心してしまったのか。
考えてもどうすることもできませんが、毎日毎日一人になると母のことばかり考えています。


主人にも友達にもこういった話をできず、いつまで悲しい気持ちをかかえて生きていかないといけないんでしょう。

ただただ自分は母に愛されていたのだと、母が亡くなって初めて実感しました。


すずらんさんへ

病気で衰弱して亡くなるのと、
自死では、周りの受け止め方や
影響度が全く異なります。

70代で病死であれば、
私のような自死遺族から見れば、
大往生に間違いありません。

確かに死を目の前にして悲しいかも
しれませんが、皆、ある程度心構えを
する時間があり、出来る事は
全てやったという区切りも
つく事でしょう。

自死はそうはいきません。
無限の可能性を考えてしまい、
遺された者を一生苦しめます。

普通に生きている人間への妬み、
現実への怒り、そんな感情が湧いて来るのは
ごくごく普通です。

話せる人が限られてしまうのも、
自死遺族が追い詰められ、
肩身の狭い思いをする事に
拍車をかけてしまいます。

だから、思いを吐き出せる場が
必ず必要なのです。

そんな思いをここで
吐き出して少しでも楽になれればと思います。

えらそうな事言っても、
私も未だに苦しい毎日ですから、
すずらんさんの心情はお察しします。

またいつでもお越し下さい。



プロフィール

るい37

Author:るい37
妻を自死で亡くした40代です。

親兄弟にも言えない心のもやもやを吐き出せば少しはラクになるかなと思い、ブログでも書いてみる事にしました。

いつまでもつか分かりませんがね・・・

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