結婚ですか

職場の若手社員が結婚するとの事で、
挙式披露宴の招待状をもらった。

数ある行事の中で、最ももらいたくない
招待状かもしれない。

若い二人を祝福したい気持ちは確かにある。
あるけど、自分の結婚式を思い出し、
現在との比較をしてしまうのも事実。

結婚式の主役は女性。
あんなに幸せそうに輝いていた妻。
どんな時も一生護ると誓ったのに。
おめおめと自分だけ生きているこの現実。

招待状をくれた彼は、組織的には直属ではないから、
欠席でもいいような気もするけど、
折角だからという気持ちもある。

先回、友人の結婚式は相当なつらさを経験したから、
やっぱり欠席かな。

出席しても式の内容はそっちのけで、
輝いていた妻の姿だけを追い求めて
泣きそうになってるんだろうな・・・





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かすみさんへ

夫婦にとっても家族にとっても、
嬉しい瞬間である結婚式。

それはみんなが健在である事が条件。

誰かが欠けていては、つらい記憶でしかありません。

結婚式に出席すると、ご子息の無念さを想い、
悲しみでいっぱいになり、祝福の気持ちなど
どこかへ行ってしまうのでしょう。

やっぱり出席なんてムリですね。

そうですね

招待状ですか…もし自分がもらったら、
若い人達を応援したい気持ちはあるけれど、
やはり自分の結婚式を思い出してしまいますね。

るい37さんは、奥様の為に素敵な式を挙げられ、
だから奥様もキラキラ輝いておられた。
ウエディングドレスを着て式を挙げる…
女性にとって最高の瞬間です。

主人の自死後、クローゼットのカバンの中に、
私たちの結婚式の招待状やメニュー表、進行表や、
明細書…。
レンタル衣装の予約票、全ての領収書などが
綺麗に整理されて保管してありました。
他に結婚指輪のレシートなども。

主人が大切にとっておいてくれたんです。

私は大ざっぱだから、こんな所に保管してあるなんて
気付かなかった。
改めて、うちの主人はマメで、思い出を大切にする
優しい人だったんだと思いました。
年をとってから、二人で眺めたかったです。

主人の自死後、遺書がなく、「どうして?私を捨てたの?
最後の言葉もなの?愛してくれていなかったの?」と、
落胆して泣きました。
うつ病にかかる前の主人からは想像できなかったので。

でも、このカバンの中を見た時に【主人の愛】を感じました。
「最後は本当に辛かったんだ、突発的に実行したんだ。」と。

うちの主人も「一生護るから」と言ってくれていました。
今思うと、自死することで護ろうとしてくれたのかな…
自分の病気が長引けば、私に迷惑がかかる。金銭的にも
苦労をかける。だから?
主人が自らの命と引き換えに私に残してくれたもの、
家と貯金と生命保険、遺族年金。
自死した後も私の生活を支えてくれる。それも一生…。

私はどんなに貧しくなっっても、主人に側にいてほしかった。

るい37さん、私達のような自死遺族(愛する配偶者を亡くした)は
人生の晩年を生きているような感じがしますね。
70~80代の老夫婦が連れ合いを亡くし、絶望し、
後は自分のお迎えを待つだけのような、
そこに【自死で死なせてしまった】後悔と自責の念が加わった感じ。

ダメです、またマイナス思考です。


のあさんへ

ご主人、かなりマメで几帳面ですね。
同じ男性から見ても驚くばかりです。

それも、のあさんへの愛ゆえに
出来る行動だったのではないでしょうか。
結婚式当時の事を思い出しながら、
のあさんへの愛を再確認して、
ご主人が苦しむ姿をこれ以上見なくてすむように、
のあさんを解放してあげたかったのではと思います。

生前も自死する直前も自死した後も
のあさんへの深い愛情を持ち続けている。
今もすぐ傍に寄り添っていると思います。

人生の晩年、まさにそんな感じですね。
もう、自分の人生は終わったも同然、
高齢ならお迎えが来るまでの時間は
短いですが、私達は一般的に言えば、
まだまだお迎えが来ない。

抜け殻のような状態が長く続く、
人生の半分が晩年なんて、
生きる気力なんて湧くわけがありません。

いったいどうしたらいいのか、
一生迷路の中にいる感じです。



最初の記事まで遡って拝読させていただきました。

奥様のご病気は、もしかして筋萎縮性側索硬化症(ALS)ですか?
いえ、今はまだ他にも似たような症状のものがいろいろありますから、違うかも知れませんが。

自死を選ばれた奥様のお気持ち、分かるような気がしてしまい、更に残されたるい37さんのお気持ちもものすごく痛くて、本当に胸が潰れそうになります。

一時期はやった(?)リビング・ウィルというもの。
延命は断りますという意思表示。
それを考えてしまいました。朱鷺はそういう意思表示はしておきたいかな、と思うので。
筋萎縮性側索硬化症(ALS)の場合は、呼吸筋も動かなくなってくるので、呼吸が辛くなり、最後は本当に苦しいようです。
朱鷺も、何故か呼吸が苦しい、ということが怖い生き物なので、前は、そういう死に方をしていたのかも知れません。

ヒトの思いの具現化とか、魂とか輪廻をわりと抵抗なく信じる方なので、奥様がるい37さんの車を押しとどめていた、という光景には泣きました。
きっと、「生きて欲しい」のでしょう。
それは、「生きたかった」つまり「共に時間を歩み続けたかった」の表れでもあるような気がして。

生きる意味はあるのか?
一番大切なものを、守るべきものを失ってもなお?

…それは身を裂くように辛い自問自答ですね。

失った傷は生涯癒えることはないんだと思います。
ただ、思い出したときに、その人の面影が優しく温かく、強烈な痛みを伴わずに浮かぶようになる日がくる。
いつか、精神科の先生がそんなことをおっしゃっておりました。
東日本大震災の遺族たちに対して。

突然、乱入して、勝手なことを申し上げました。
失礼いたしました。

朱鷺さんへ

診断はされていませんが、妻はその病気だと確信していたようです。

もし、私が妻の立場だったら同じ選択をしていたと思います。
未だにその病名を目に耳にする度に、いいような無い不安感、
絶望感に襲われ、眩暈を伴います。

私も目に見えない力、縁の存在を信じていますので、
妻は常に傍にいると思っています。
そう思わないとやっていけません。

妻を想う時、痛みや後悔がまだまだ強く、悲しみばかりが
募ります。穏やかな気持ちには到底なれません。
いつかそんな日が来るのでしょうか。

妻の遺書にも一緒に老後を迎えたかったと
ありました。どんなにか2人で共に歩みたかった事か。
それを思うと涙なしではいられません。

この深く重い果てしない傷を一生背負って生きて
いくしかないのでしょう。


プロフィール

るい37

Author:るい37
妻を自死で亡くした40代です。

親兄弟にも言えない心のもやもやを吐き出せば少しはラクになるかなと思い、ブログでも書いてみる事にしました。

いつまでもつか分かりませんがね・・・

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