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まだまだ

今日は妻の7回目の命日。

と言っても、特別な反応が自分に起こるでも無く、
仕事も普通にこなせていた。

仕事中にふと、7年前の今日は大変だったなぁと何となく
振り返る程度だった。

これは進歩と言っていいのだろうか。

帰宅して、仏壇の前で蝋燭と線香に火をつけ、
妻の遺影を見ながら、ぽつぽつと自分の思いを呟く。

「そうかぁ、7年かぁ、早いのか遅いのか分からないな」
「そっちでは好きだったじいちゃんやペット達に逢えたかな?」
「オレは相変わらずダメダメな生活してる」

実際、自分自身、特に成長したとも思えないし、
無気力で向上心も無く、心には深い闇が居座っている。
あの日から時間は止まったまま。

「こんなオレの事なんかとっくに忘れちゃってるかな?」
「話がしたいよ、温もりが恋しいよ」

妻が生きていた頃の事に思いを馳せながら、
こんな事を呟いていたら、涙が頬を伝っていた。

あんなに楽しそうにしてたのに、あんなにチャーミングだったのに、
この現実は悔しすぎる。どうやっても僕には妻しかいない。

7年経っても本質的な部分はちっとも変わらない。
表面的には普通に見える(そう繕っている)のかもしれないけど、
まだまだみたい。

今日のこの日は妻とお別れした日。
確かにそれは事実。
自ら命を絶ち、人生を終わらせた本当に悲しく切なく悔しい日。

と同時に、妻が苦しみから解き放たれた記念日。
妻が妻である事を取り戻した日。

そう思えば、自死のネガティブさも少しは和らぐような気がする。
妻の人生、行為をどうにかして肯定したい、そんな思いがこういう思考を生み出しているのかな。

まだまだ五里霧中、暗中模索な7年目だけど、
昨年とはまた違った考え方、捉え方をするようになっている。

来年、まだ生きていたら、また違った見方が出来るようになるかな・・・


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No title

こんばんは。
7年ですか。よく耐えられましたねえ。
私はまだ5ヶ月にもなっておらず、7年先など想像することもできません。
先に明るいものが見えないまま生きるのは本当にしんどいものです。

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月日が流れても

るい37さん、
奥さまが亡くなられて、7年になるのですね。
私の主人が亡くなってから2年になります。あっという間の2年でした。
確実に時間だけは過ぎていきますが、本質的な気持ちは変わっていません。主人のことを思いださない日は無く、悲しい気持ちで一杯になることがあります。私が生きている限り、この悲しい気持ちと付き合っていかなければならないと思っています。

通りすがりさんへ

おはようございます。

耐えたと言うか、ただ惰性で生きて来たというか、
適切な表現が浮かびませんが、どうにか生き永らえています。

5ヶ月では状況把握さえまだろくに出来ていなかった気がします。
未だに先には明るいものなど見えておらず、しんどいのには変わりありませんが、
自分がこの環境に慣れて来ているのは間違いないようです。

月さんへ

おはようございます。

愛していた時間、愛し合っていた時間が遠くなっていくのは、
本当に切ないです。
月日を重ねるごとに遠い昔になっていくのを、最近、少しずつ感じ始めました。

悲しみをコントロールする術と言うか、
やはり、慣れていくのだなと感じています。
自分ではコントロールしているつもりなど全くありませんが、
同じ感情、思いに触れても、以前よりは自分の状態が安定するようになったのは確かです。

悲しい事には変わりありませんが、(その証拠に涙は枯れていません)
様々な事に耐性が身についていくのかもしれません。
自分を守る為、生きていく為、自然と身体が心がそうさせていくのでしょう。

7年の月日は、心も身体も劣化させています。(汗)
それでも生きて、自分の事が自分で出来ているのは恵まれていると思うようにしています。

チワワさんへ

チワワさんは2年ですか。

上から目線で恐縮ですが、
自死遺族の先輩?としては全くだらしがなく、
希望も与える事が出来ていませんね。(汗)

私も妻の事は忘れた事など一日もありません。
悲しい気持ちも消える事はありません。

その気持ちはもう、自分の一部として抱えていくしか無いのだなと思います。
この悲しみは妻への思いの一部なのだと思って、死ぬまで付き合っていくのだと思っています。

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るなさんへ

何年経てばいいと言うものではありませんが、
2年はまだまだ心も身体も慣れていないと思われます。

慣れたからと言ってダメージが無くなるわけでも無いので、
楽になるのは生涯を終えた時なのだと思っています。

No title

るい37さんへ
二度目のコメントです。先日のコメントにも書きましたが、るい37さんのブログを読み始めたのが最近でしたので奥様の命日が10月15日ということも今回初めて知りました。私の主人は9月7日だったので「命日も近かったんだ・・」と不思議な気持ちになりました。命日を「奥様が苦しみからとき放たれた日、奥様が自分を取り戻せた日」と思うことで自死のネガティブさが和らぐような気がするとのお言葉。たしかにそうだなあと思います。私がずっと辛いのは主人は本当は死にたくなんかなかったんじゃないのか、ふっと思い立ってその行動に出てしまったがそれは心からの思いではなく意識がなくなっていく中で「やっぱり戻りたい!」って叫んでいたんじゃないか・・・・って思っているからです。本当の気持ちなんていつまでたってもわからないんですけどね。だから、それが本当に苦しみから解き放たれた日であってくれたのであれば、私の自分勝手な気持ちなのですがネガティブ(悲しみ)もほんの少しは和らいでくれるのになって思います。何だかイヤなコメントになってしまってすみません。
結局は自責の念はどうやっても拭い去れないのですけどね。

さらさらさんへ

ご主人の命日、9月なんですね。
9月は妻の誕生日、10月は命日と、いろいろな事を思う時期です。
さらさらさんも思う所がたくさんある時期だと思います。

自死のネガティブな部分、自分の悲しみを和らげる事もそうですが、
自死した人の行動が悪い事で、責めを受けるべきだと言う、そんな風潮と言うか
受け止め方をしたくないと言うのが強いです。

悩んで悩み抜いて、もうそれを選択するしかなかった本人の決断を
尊重する気持ちを持つ事で、少しでも本人が救われるような気がするのです。

正しい選択とは言いません。
自責の念も消えません。

周囲には、バカな行動をしたと言う人もいるでしょう。
つらいですが、その行動、生き方を認めてあげられるのは自分しかいないと思っています。

亡くなってまで本人を苦しめるような事をしたくない、ただそれだけです。

そうですよね。ネガティヴと言うのは残された自分のことではなくてその決断をした本人の行動に対して…ですよね。私の言葉が足らなくてごめんなさい。それはよくわかっていて、本人の選んだ道を決して否定しないであげたいと思うのです。でも私の場合は、そうすることによって自分の悲しみもやわらげようとしているズルい自分に嫌になることがあるということを書きたかったのです。勝手にコメントしてイヤなお気持ちにさせてしまったとしたら本当にごめんなさい。るい37さんのお気持ちはとてもよくわかっています。

多分、さらさらさんへ

いえいえ、不快になど感じていませんよ。

考え方は人それぞれで、どれが正解とは言えません。
ズルい気持ちは私も持っていますし、それに対して自己嫌悪に陥る事も多々あります。

故人の行動を否定せずにいれば、自分の悲しみも和らぐ、
これは決してズルい行為だとは思いません。

人間なんて弱い生き物だと思います。
何かにすがりつきたくなるのは当然ですね。

こんにちは

こんにちは。
今日もお疲れさまです。

奥さまの命日、お二人で会話を重ねられたことだと思います。
私は昨日、10回目の月命日を迎えました。
いつもの花屋さんで花を買い、家内と生活していた頃を回想しながら花を活けました。
一年前は自分がこんな状態になるなんて全く想像できなかったのに…。
毎日が苦痛で、息をするのもしんどいですが、家内の命を胸に抱いて何とかやってます。

るい37さんのお時間の許す時にでも、第二回オフ会のご提案をさせていただきたいと思いますので、ご検討方よろしくお願いいたします。

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みっちとましゃさんへ

こんばんは。

お疲れ様です。

妻からの返答はなく、自分の想いを一方的に話しただけでしたが、
それでも自分の中では十分な供養になったような気がします。

みっちとましゃさんが花を活ける時は、
奥様も手を添えていた事だと思います。

自死遺族となったその瞬間から、それ以前の自分や自分を取り巻く環境が
まるで変わってしまいます。
それ以前は今の状況など想像だに出来ませんでしたが、
逆に今は、当時の自分には全く戻れなくなっています。

苦痛を和らげる為、分かち合う為、オフ会は大きな効果をもたらしますので、
ご提案はいつでも大歓迎です。
甘えてしまって恐縮です。

まるさんへ

こんばんは。

ご無沙汰しています。
昼間はまだ暑い時間がありますが、朝晩は確実に秋が深まっていますね。

苦しみながら、迷いながら、右往左往しながらも
7年と言う月日が経っていました。
二人で過ごしたかけがえの無い時間は、今でも取り戻したいと言う思いは変わりません。
想い出がまたひとつ遠くなっていくのは言いようの無い切なさを覚えます。

私も、妻の方が必要としている人が多かったので、
自分が逝った方がどんなにいいかと未だに思います。

そうですか、残念な結果になってしまいましたね。
離婚と死別は一人になったと言う事実以外は共通点が全く無いので、
分かり合う事はとても難しいと思います。

冬に向かうこの時期、心と身体を温める事が出来たらいいですね。

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runさんへ

こんばんは。

お疲れ様です。

注射をしに出かけただけで十分ですよ。
私など一度も出掛けない休日があります。
とにかくのんびりしたいですね。

結婚記念日ですが、確かに想いは全く変わっていない気がします。
むしろ想い出が遠ざかる事に対し、切なさが増えていくのでは無いでしょうか。

私も妻と猫に置いて行かれて、あとどれくらいで合流出来るのか、
その思いは常に頭から離れません。

この世で年齢を重ねてしまっても、あの世で再会した時は、
二人が一番幸せだった年齢に戻るので大丈夫です♪

と信じて生きています。

プロフィール

るい37

Author:るい37
妻を自死で亡くした40代です。

親兄弟にも言えない心のもやもやを吐き出せば少しはラクになるかなと思い、ブログでも書いてみる事にしました。

いつまでもつか分かりませんがね・・・

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