普通、普通に見えているはず

今日、かなり長い事会っていない取引先の人と偶然会った。

前回会ったのは、妻が生きている時だから、もう6年以上会っていなかった。

開口一番、「痩せた??」
確かに妻が亡くなって1年くらいで、約10㎏体重が減少して、
その後、2~3㎏持ち直したと言ったところなので、相手からすれば、
そう思うのは当然だろう。

相手「何かあったの?」
やっぱり来たこの質問。

僕「うん、今一人だからね」
相手「え?離婚したの?」
僕「いや、先立たれてね」
相手「・・・・そう。病気?」
僕「うん、まあ」
相手「そっか、うん、いろいろあるよね とにかく身体に気をつけて」

やはり、自死の事は言えなかった。

その後は、仕事の話になり、
相手は仕事の話が終わった後も、妻の話はして来なかった。

相手なりの気遣いなのかな。
大切な人を亡くす痛みを分かっている人なのかもしれない。
何も聞かない、言わない、それがベターなのだと分かっている人なのかな。


今まで、妻が亡くなった事を話した人の中には、今のところ、根堀り葉掘り聞いて来る人は
ほとんどいない。僕が話す人を十分に吟味して、慎重に選択してるせいもあるかもしれないけど、
実は興味本位で聞いて来る人はごく一部なのかな。

それとも僕の環境がたまたま恵まれているのか。

最近は自分が思うよりも、周囲は他人の事なんて気にしていないのかもしれないと
思う時が増えて来た。

以前は自分が周りとは何か違うように見られているのかとか、
たまたま誰かがこちらを見てると、なんか顔に出てるのかなとか、
そんな事ばかり思っていた。

そうだよ、見た目は何も変わったところなんて無いんだよ。
うん、きっとそうだ。ごく普通のおっさんだよ。

そうでも思わなければ、外出もろくに出来やしない。

自分の為に、自らが自然とそう思うように変わって来たのかな・・・

にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 自死遺族へ
にほんブログ村

にほんブログ村 家族ブログ 死別へ
にほんブログ村






スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

イタリアンさんへ

ありがとうございます。

みんな自分の事で精一杯で、他人の事を気にするのは、よほどのヒマ人なのかなと思います。

なるべく触れないでいたい気持ち、ホント、実感です。
この思いって、まず亡くなった事、さらに自死の事と二段階なんです。
第一段階は少しずつでもクリア出来るようになって来ましたが、
第二段階はまだまだ先のようです。

同窓会、以前なら絶対欠席だったんですが、もし、次にあったら行くかも?と
言う思いがゼロではなくなっています。

自分でも気づかない内に、変化して来ているようです。

自分の心に従って行動すればいいと思います。
ちょっと無責任かもですが、なるようにしかなりませんよ。

るびーさんへ


そーですねー、

自死遺族となってから、
笑ったり、美味しいものを食べたり、人並みに旅行したりとか
自分とは無縁で、してはいけないのだと思っていました。

いかに自分が自死遺族である事を悟られないようにするか、
そればかり考えていました。
良く考えれば、そんな事、外から分かるはずないんですが。(笑)

そんな日々では自分がもたないと身体が判断して、
心の中を変えていく術を身に着けさせるのでしょう。

そういう時期になって来てるのだなぁと思いつつ、
自分の心に素直に従っていければと感じています。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

るびーさんへ

胸を張って生きていく事に抵抗を感じている自分は確かにいます。

心に、隠し切れない大きな重荷を抱えて、いっそ社会と関わらずに生きようと
思う気持ちと、そんなんじゃ生きていると言えない、その気持ちとの
葛藤は常にありますね。

日によっても変わりますし、複雑で自分でも制御が難しいです。

心の闇を闇と感じなくなれば、本当の意味で堂々と生きていけるのかな?
自然に任せ、自分の変化を受け入れながら生きていく、今はそんな感じですね。

チワワさんへ

一人になって、何だか食事をするのも億劫で、
別に食べなくてもいいや、そんな日々でしたね。

自己防衛機能は、心にも身体にもあるようで、
食欲も回復し、感じ方、考え方も変化し、少しずつ自分を維持出来るようになって来ています。

自分が告げられる立場だったら、おそらく何も言えないでしょう。
ただ、お悔やみ申し上げますとしか言えないと思います。

知り合いとの集まりでも、既婚者ばかりの集まりは
やはり足が遠のいてしまいます。
どうしても彼らとは埋めようがない差が存在していて、
自分だけ違う世界にいる感覚に陥ってしまいます。

これもいずれは感覚が変わって来て、耐えられるようになるのでしょうか。

今日までは寒波に見舞われるようですね。
温かくしてお過ごし下さい。

ありがとうございます。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

まるさんへ

体重は減ったら減ったで、それに慣れてしまうようです。

感情が不安定になるのはもう、当たり前の現象ですね。
最近は安定する日が多くなりましたが、以前のようには戻れません。

まるさんの行動も、愛情をぶつけるところが無く、
やり場のない思いが溜まった末のものなのでしょう。

伯母様も心情をよく理解してくれてますね。
優しく見守ってくれている様子が伺えます。

心と身体のバランスが崩れて、気持ちはあっても動けない、
頭では分かってても、出来ない事ありますね。

バレンタインは、もう何も感じなくなりました。
お店に並んでるチョコ達を見て、美味しそうだなと思うくらいです。(笑)
あえて鈍感になる事で自分を守っているのかもしれません。

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

のあさんへ

自分の勝手な思い込みが強すぎて、自らを追い込んでいるのかもしれません。
これまで、一人になる前とその後で、周囲の目は特に変わったところは
ないので、最近は気にしないようになりつつあります。

私達が他人の事を気にかける余裕が無いのと同じで、
みんな自分の事で手いっぱいなのかなと思うようにしています。

そもそも、「自死」と言う言葉すら通じないかもしれません。
世間一般では圧倒的に「自殺」が浸透してますから、
「自死?何それ?」と深く聞かれようものなら、もうダメです。
「自殺」と言う言い方はしたくないですしね。

「自死」と言う言葉を発しない限り、普通に暮らせますが、
永遠に仮面を被ったままです。

やっぱり普通では無いですね。

runさんへ

こんばんは。

バレンタイン、一番もらいたい人からはもらえないので、ただの土曜日ですね。

おそらく自死だと告げても、周りの空気が凍るだけで、
何一ついい事はないので、この先も話すつもりは無いです。

敢えていばらの道を進む事も無いので、病死で通す事になると思います。

前向きですかぁ、何だか余計な気を遣ったり、落ちたりする事に
疲れただけなのかもしれません。
とは言え妻に話しかけると高い確率で涙が出るので、基本は変わっていないと思います。

未だに妻の想い出話を穏やかに話す事も難しいでしすね。

努めて前に進もうとしてるのは、自分が楽になりたい思いの成せる技かもです。

いつかは変わると思いながら、愚痴を言ったり落ち込んだりする、
それでいいんだと思います。

ブログを規則正しく更新する事で、自分のリズムを作っている気がします。
ホントはもっと更新の頻度を上げていければいいとは思いますが、
マイペースが一番なので、ぼちぼちお付き合い下さい。





管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

普通…

るい37さんへ

私は息子が自死したことは当然ショックでしたが、
それまでの息子の苦しみを考えると、
自分が自死遺族であることを人からどう見られるのかを
考える余裕がまずありませんでした。

伴侶を亡くされたことと、子どもを亡くしたという
立場の違いもあります。
また、ちょうど私は職場を変わる時期とぴったり重なってしまい、
息子の存在とその死を、誰に告げることもなく過ぎてしまいました。
子どもっていない人もいるし、何人?という話なので。
自死遺族というより、自分の意識を何とか保って仕事に向かうのに精いっぱいの日々でした。

楽しいことをしてはいけないとは思いませんが、
今もまだ楽しい場所にいくと、めまいがしてその場を逃れる事しか頭にありません。
女子会(?)に誘われて行かざるを得ないときはとても苦痛です。
楽しめるようになれば、楽しんでいいのだと思います。
楽しめない間は、無理をすることはないと思います。

私が、いろんな方の自死遺族ブログを読ませていただいて
感じることは、自死遺族として自分の感じることは普通だということです。健康で普通に生きて来たから、言葉にない思いに突き落とされる、それは自然なことです。
何も感じない方が不自然です。
もちろん、亡くなられた方との関係がどうであったかによって
思いは異なります。

いろいろな方のブログを読ませてもらい、誰しも同じ状況におかれたら、このやりきれない思いを感じざるを得ないのだなと、共感することがほとんどです。
なんでしょう、これも普通なのではないでしょうか。

同じ体験をしていない人に理解しろといっても
無理な話なんですよね。
私も息子を失うまでは死別がこれほど残酷なものであるとは
感覚としてわかっていなかったと、改めて思いました。

思うことは、私たち自死遺族は精一杯努力して生きていると
自信を持っていいのではないかということです。
言葉にできない思いを抱えて生きることは並大抵のことではありません。
みなさん、それぞれいろいろな思いをお持ちだと思いますが、
一生懸命生きている自分を、たまには褒めてやってもいいのではないかと、思います。
そうやって自分をいたわることを、亡くなられた方はけして責めたりはされないと思います。

もうすぐ三回忌です。
この2年間を振り返ると、心穏やかな時などなく、嵐の中の船のように、自分の感情が揺れ続けていて、それは今も変わっていない事に気づきます。
毎日、そんな自分との闘いです。

寒波の続く日々、春遠からじですが、
何とか生き延びて行きましょう。

コメントお読みの方々のお心に障ることがありましたら
ご容赦くださいませ。

sue

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

runさんへ

いつもいただいたコメントを拝見しながら、
みなさん、それぞれ行き場の無い思いをたくさん抱えているのだなぁと
しみじみ感じています。

ここでその思いを少しでも吐き出して、そして進む力に変えられたら、と
切に願います。

みなさんの思いで、気づかされる事、力をもらう事も多いので、
お互い様ですよ。お礼なんて不要、ましてやお詫びなどありえません。

いつまで続けられるか分かりませんが、マイペースでお付き合いいただけたら、
それだけで十分です。

sueさんへ

一般的な楽しい場所って、どうしても家族や恋人との時間を
楽しむ事が前提になっているので、自分が浮いた存在に思え、
その場に居づらくなってしまいます。

以前の自分とは全く違った、世間一般とも異なった状態になってしまった事は
実はそれはそれで普通の事なんですね。
普通の感覚を持っているから、自死遺族となってそういう状態になるのはごく普通なんだと。

生きているだけでつらい、苦しい、早くこの状態から解き放たれたい、
思いを吐き出す事もままならない、確かに生きているだけで、既に頑張りすぎています。

自分って健気だなぁと自分で自分を労わる事は本当に重要です。

歳月が経過しても、思いは変わりませんね。
日にち薬とは、ただ、それに慣れていくだけなのだと感じています。

自分で自分を労わりながら、さらにこういう場でお互いを労わりあう、
そうして行く事で、○人○脚?で進んで行けたらいいなと思います。

キリンさんへ

おはようございます。

自死遺族として、偏見と好奇の目で見られるのは耐えられませんが、
こんな思いで日々過ごしてる事を
誰かに少しはわかって欲しいと言う思いがある事も事実です。

決して分かってはもらえないんですがね。

逆に自分が経験した事の無い事に対しては、理解してあげられないのと同じです。


参考になるか分かりませんが、
妻にどうしようもなく会いたくなったり、落ちこんだりした時は、
写真に話しかけて大泣きするか、自分の好きな事(趣味)をしたりして、
意識をそっちに持っていくかのどちらかですかね。

何もしていないと、落ち込む可能性が高くなるので、
基本的に何かをして集中する事が多いです。
何もしてない時は、眠るに限ります。


キリンさんを必要とする人がいるのなら、
その為に出来る事を精一杯して日々を過ごしていく事が、
それが生きる意味となっていくのではないでしょうか。

私が言うまでもありませんが、
ご主人との時間を失った事で、その大切さを身を以って知った事と思います。
限りあるご子息との時間をどうか大切にしてお過ごし下さい。


プロフィール

るい37

Author:るい37
妻を自死で亡くした40代です。

親兄弟にも言えない心のもやもやを吐き出せば少しはラクになるかなと思い、ブログでも書いてみる事にしました。

いつまでもつか分かりませんがね・・・

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR