去来するもの

今日は妻の七回忌。

告別式からずっと親兄弟だけで供養してるので、
今回も同様。

そういえば実家に戻ってから初めての法要。
七回忌を機に、妻も実家の仏壇に入った。
曾祖父母(実家は戦争で一代飛んでる)の遺影に並んで
妻の遺影が並んでるのを見ると、「どうしてそこにいるんだよ」と
呟いてしまう。

自宅での法要の最中、妻の位牌をずっと見続けていた。
楽しかった日々、苦しかった日々、本当にいろいろな事があった。
そこに妻は確かにいた。生きて僕とともに歩んで来た。
その歩みを止めてから6年が過ぎた。
やっぱり、どうやってもこれから先はともに歩む事が出来ないんだね。

泣く事はなかったけど、知らないうちに涙ぐんでいた。

お墓ではお経をあげてもらいながら、
妻に話しかけていた。

「そっちではもう泣いてないよね、明るく優しい本当の自分を取り戻しているよね」

この現実に慣れた、とは言っても悲しい事に変わりは無い。

雨女だった妻らしく、法要は毎回雨。
今回は台風まで連れて来た。
法要中は雨もやんで風もなかったから、そこは妻の優しさだったのかもしれない。

最近は、悟りを開いたかのように運命だと割り切ってた自分だけど、
こういう機会があると、悲しく悔しく切ない思いが満ち溢れて来る。
やっぱり逢いたいよ。早く逢いたいよ。
この状況はおかしいよ、納得なんて出来るわけない。

今、この胸に様々な思いが去来する。

やはり根底にある思いは何も変わってないらしい・・・

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チワワさんへ

6年経ってもこんな思いでいる私は自死遺族の中でもかなり女々しい部類なのかもしれません。

チワワさんがこの先どう変化していくのかは分かりませんが、
私の状況を見て、希望を無くしたり、気分が落ち込む事があると、
恐縮してしまいます。(汗)

立ち直るとか乗り越えるとかと言う表現は何だか違和感を覚えます。
自分に逆らってムリヤリ普通を演じてるイメージがあるので、
そうではなく、自分がラクになる方法、状況を見出し、
常にそこに自分を置くように心がける事が、前に進む事に繋がるような気がします。

そうしていれば、大切な人との再会までの日々も
少しは苦しくなくなるのではないかと思います。

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心のままに

こんばんんは。
7回忌を迎えられたんですね。
命日や年忌を迎える度に、色んな思いが巡ってきますよね。

もし生きていたら、どんな風に過ごしていただろう。
どんな夫婦になっていただろう。
どんな父親になっていただろう。
二人のこどもの顔はどんなだっただろう。
叶わなくても、そんな事を想い描いてしまう。

これは、どんなに時間が経っても変わらない思いです。
一周忌や三回忌は胸が張り裂けそうな痛みだったけれど、その先はただじっと時が過ぎるのを耐え、自分の心を見ないフリをして生きてきたような気がします。そうする事でしか、私は生きられなかったのだと思います。

私は新婚でしたから、喪主も主人の父親で
三回忌以降の年忌は参加できるような立場ではいられなく、
一緒に悼むことさえ許されませんでした。

私は、るい37さんのblogを読んでいつも自分の心に素直な方だなあと思っておりました。こういう場で吐き出すことで楽になれる部分もあると思いますが、本音を言うことはできそうでできない事だと思います。
自分の心に向き合う、自分を受け入れる、
それも、なかなか難しいことです。

私は、自分の心の真相に向き合ったら死んでしまうような気がして
もう考えないように、感じないように、自分に無理をしてでしか生きられませんでした。きっと、防衛本能なのでしょう。

私も、乗り越えるとか、立ち直るとか、そういう言葉は当てはまらないと思います。どういった状況が、乗り越えるということなのか。
故人を忘れて、新しい人生を歩むこと?
亡くなった人の分まで、前を向いて生きるっていうこと?
なんだかそれは、違うような気がします。

私は既に再婚し新しい人生を歩んでいる立場ですが、新たに伴侶ができても、子供が生まれても、その苦しみや悲しみや後悔が無くなることも減ることもありません。また別の苦しみや不安が出現して、より複雑な思いをすることもあり、日々、葛藤しています。
それでも、少しずつ心穏やかに過ごせるようになり、平穏な日常に幸せを感じることもできるようになりました。

私は、主人といつか再開した時に
「頑張ったね、えらかったね」
そう言って欲しくて、今を生きているような気がします。
彼が見ることのできなかった景色、行ったことのない場所、新しい家族ができたこと、たくさんの事を報告したい。

るい37さんを周りで見守ってくれている方達も
苦しんだ分、悲しんだ分、それ以上にあなたに幸せが降り注ぎますようにと願っていると思います。

のあさんへ

予想通りの展開でしたか。

よく分からないのが、お義母様の取り分をなぜその子供たちが
請求して来るのでしょう?
お話を聞く限りで人物像を想像してみましたが、
どうやっても分かり合えない人種に思えます。

関わるだけ時間のムダだと思いますので、
言いたい事だけ言って、あとは聞く耳を持たず、自分の考えを貫き通せばいいかと思います。

どの道、向こうもこちらの言い分を聞こうなんて思っていないでしょう。

のあさんがする事なら、どんな時もどんな事も、ご主人がいつも傍で味方してくれていますよ。
そう思えば何も恐れる事は無いと思います。

こちらはやましい事もなく、正当な手順を踏んでいるので、あまりにしつこいのなら、
警察に相談してもいいでしょう。
それにしてもそんな事ばかり言って来るなんて、よほどヒマなんでしょうか。
悲しい死を遂げた兄弟を弔う、悼む気持ちが全く伝わって来ません。

このような光景を見て、ご主人も悲しい思いをされているのではないでしょうか。
そんな人達にお参りしてもらっても何の供養にもなりません。

本当に気持ちがある人だけにお参りしてもらいたいので、
一人での法要もありだと思います。

それにしても切なすぎます。
こんな事があるとますますご主人と話がしたくなりますね。


アニーさんへ

こんばんは。

やはり気持ちの部分では、時間が解決する事はないみたいですね。
自らの思いに蓋をして、あたかも普通に生活してるようにみせる、
そう思い込ませる、そういう技?が自然と身に着くのでしょう。

そうしないと、とてもじゃないけどやっていけないのでしょうね。

自分の本音、これは誰にも言っていませんし、この先も言えないでしょう。
この場があるからこそ、溜め込んでたものを吐き出す事が出来、
自分を維持出来ている気がします。

誰かに言ったところで、相手も何も言えないでしょうし、
逆の立場だったら、そう、大変だったね、くらいしか言えないと思います。
それは当然だと思います。理解など出来ないし、してほしくもないです。

新しい環境に置かれると、それはそれでまた複雑な思いが渦巻くのですね。
この先、どうなるのか分かりませんが、現段階では新しい伴侶とかは
到底考えられそうにありません。
またいろいろ考えすぎてしまいそうで、鬱になりそうです。

私も妻と再会した時に、「えらいね、すごいね」と
ほめてもらえるように、それを常に心がけて生きています。
話したい事も山ほどあるでしょうね。

周囲で、私が1人になってから、特に何も言わず、
普通に接してくれている人達は、本当に私の事を心配して、
この先いい事がありますように、と祈ってくれているのかも、と
最近は思うようになりました。



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runさんへ

お疲れ様でした。

何か目標があると、生きる事に対する苦しみが
和らぐ気がしますね。

心と身体の両方を動かしたので、また新たな気持ちで
お仏壇に向き合えたのではないでしょうか。

私達は自分でも知らないうちに、心が鍛えられていると思います。
ただ、生きているだけで過酷な日常ですからね。

いつまで経っても思いが変わらないのは、
自分の悲しみや苦しみが変わってはいけないと
心の底で思っているのかもしれません。

台風が過ぎてから急に気温が下がって来ましたね。
どうか暖かくして、さらに心も温まればと思います。
プロフィール

るい37

Author:るい37
妻を自死で亡くした40代です。

親兄弟にも言えない心のもやもやを吐き出せば少しはラクになるかなと思い、ブログでも書いてみる事にしました。

いつまでもつか分かりませんがね・・・

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