同じようで全然違う

先日の上司の奥方が体調を崩している件。

上司とさらにその上司との会話が聞こえて来た。

会話に中に、腫瘍、副作用、髪の毛、
こんなキーワードがあったので、おそらくガンななのだろう。
奥方はもちろん、上司も大変な状況なのだと思う。

自分が経験していないから、
あまり軽はずみな事は言えないけど、ふーんそうなんだ、と
言う感想しかない。

普段の上司の振る舞いのせいもあるのかもしれない。

ガンと闘うのは想像を絶するつらさなのだとは思う。

でも、でも、
ちゃんと診断されたんでしょ?
病名分かったんでしょ?
余命宣告受けたとしても、その時が来るまで準備出来るでしょ?
もし、亡くなったとしても普通に人に話せるでしょ?

同じ大切な人を亡くすにしても、
ガンと自死ではその過程とその後は、
まるで違う。

ガンで近しい人を亡くした人、ガンと闘っている人には
申し訳ないけど、どうしてもそういう感情だけが先に出てしまう。

やっぱりもう普通の感覚には戻れないんだね・・・

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普通って難しい

るい37さんへ

本当にその通りですね。
娘(息子の妹)も、ニュースで様々な死を聞くと
これまでとは違った感覚だと、言います。

私も、人の病気も、何もかもが
これまでと違います。

私たち自死遺族の感じ方は
それを経験したことの無い人からは
強い違和感を抱かれるかもしれませんが、
人間としては、家族に自死されたら
こういう思いになるのがふつうだろうと
思います。

るい37さん、
私たちは人間として普通ですよ。
当たり前の反応だと思います。

私は息子と別れて1年ともう少しで4か月
何も変わりません。
時計が止まったように、時間も止まっています。

人には声に出して言えないふつうですが、
そして
家族の自死を乗り越えたという方々には
なんといっていいのかわかりませんが、

言いようのないこの感覚を
私は大事にしたいと思っています。
苦しいけど
助けてやれなかった息子のためにも。
息子の苦しみをなかったことにしないためにも。

辛いけど、普通です。

昨日、用事で京都に行きました。
うっかりして、祇園祭あと祭りであることを
すっかり忘れていましたが、
息子のプレゼントかなと思い、
少し、山鉾巡航を見守りました。

今日は酷暑でしたね。
この季節はお辛いのだと思います。
ご自愛くださいませ。

sueさんへ

人は変わっていくと言いますが、
それぞれの経験の違いからそうなっていくのだなと
実感しています。

世界は何も変わらずに時を刻んでいますが、
私達の時計は全く異なる時を刻んでいます。

妻の自死を経験して、こういう見方も出来るように
なったんだとポジティブな思考すればいいのかなと
思う時もあります。
その見方が正しいかどうかはよく分かりませんが。

酷暑での京都は相当暑かったのではないでしょうか。
人も多くて、お疲れの事と思います。
今日も暑いですね。35度超えは間違いないみたいです。
ゆっくり休んで下さい。

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maaさんへ

はじめまして。

コメントありがとうございます。
自死遺族と言うだけで、卑屈になってしまうのは
よく分かります。
自分だけが違う世界の住人のような気になってしまいますね。

実際、経験していない人との差はどうにも
埋めようがありません。
世間に最初から理解してもらおうとは思っていないので、
事実を話さないし、人に言える亡くなり方なら
まだマシでしょ?なんて言う感情もごく日常的な事です。

ですので、せめてこの場では自分の感情を
否定せずに、心のままに進む事の正当性を
認識していただけたらと思います。


絶望感は無くなりませんが、
それにすら慣れていくのが人間なのだと思います。
それが日にち薬なのかと。

自死遺族の現実は受け止めなければなりませんが、
1人では無い事もまた事実です。

るい37さんへ

もし主人がガンと診断されていたら、
私は必死で看病したでしょう。
入院したら毎日病院に行って、
退院したら食事に気を配って。

悔いの無いように一日一日を
大切に過ごせたと思うのです。

余命宣告がでたとしたら?
その時は主人に気付かれない場所で
号泣していたと思います。

抗がん剤で髪が抜けたり、
徐々に痩せて弱っていく姿を目の当たりに
したら?
悲しくて辛くて、見ていられなかったでしょう。

何より、まだ生きたいのに生きられない、
この世に未練を残して死んでゆかなければならない、
本人の無念さを想像すると、
胸が締め付けられたでしょう。

明日はまだ大丈夫?
明後日は?
来年、一緒に桜を見れるだろうか?
そんなことを毎日思いながら、
本人の前では作り笑いをする。
主人のことが心配で、私は夜も眠れず、
不眠症にかかっていたと思います。

亡くなる瞬間は多分横にいて、
別れを惜しみながら天国に送っていたのでしょう。

こうして想像すると、
最愛の人の病死も辛いですね。

ただ、自死と決定的に違うのは、
亡くなった後。
助けられなかった自責の念や、
一人で勝手に死んでしまった本人への
複雑な感情や、自死を決断するぐらいに
辛い思いをしていた本人の心情を思うと、
世の中の全てが憎くなります。
そして、こんなに愛しい人の死を、その死因を
第三者に伝えられない悲しさ。

色んな思いが入り混じって、
自死遺族のほとんど全てが精神に何らかの異常をきたし、
暫くは日常生活がまともに送れなくなってしまうと、
精神科の医師から聞きました。

るい37さん、
私達自死遺族は、あの日から感覚が変化したのでしょう。
仕方がないですよ、だってあんな生き地獄を体験したのだから。
辛いとか悲しいとかの次元ではないのですから。

のあさんへ

病死でもつらい事には変わりありません。
大切な人が弱っていく姿を見て、
自分にはどうする事も出来ない悔しさを感じて、
神様に祈ったり時には呪ったり、
その苦しみは渦中にいなければ分からないのだと
思います。

違いはやはり、可能性と言う事でしょうか。
不治の病であれば、出来る事はもう決まっていて、
それを悔いのないようにこなせばいいのです。
亡くなる前でも亡くなった後でも、
誰からも責められる事は無く、
悲しい事には変わりありませんが、
心の安定度が違うのではないでしょうか。

自死は、ああしていたら、何でああしなかったのか、
関係者の心の中にはそんな事ばかりが延々と繰り返されます。

自死遺族は精神に異常をきたしていても、
それを吐き出せる術が、場が極端に
限られています。

周りから見たら普通に生活してるように
見せかけている、それだけで自分を
褒めてもいいと思います。

この世は修行と言うにはあまりにも
過酷な現実です。



No title

はじめまして。

全然違うということ、よく分かります。

母が交通事故に遭ったとき、妹たちにどうしてそんなに落ち着いているのかと責められて、

夫が亡くなった時のことを思ってこう言いました。

「母は子育ても終え、私たちはすっかり自立している。誰も困らない。
でも夫は違った。幼い子どもたちを遺し、お小遣い程度にしかならないパートに出ていた私に、これからどうやって生きていけと言うのかと思って頭が真っ白になった。母は助かるし、介護が必要になったら私たちが面倒見たらいい」と。

決して母の事故を軽く考えていたわけではありませんでした。
ただ、夫が突然、忽然といなくなってしまい、漠然と次は母がいなくなるんだろうなと、心のどこかで準備をしていたことは間違いありません。そうして次にくる衝撃に備えていました。

しかし、「困らない」という私の言葉は妹たちによって「お姉ちゃんはママが死んだらいいと言った」と母に伝えられ、

私は実家から排斥されました。

夫が生きていれば、こうして実家から排斥されることもなかったろうに。

そちらは猫なんですね。こちらは犬です。


イタリアンさんへ

はじめまして。

コメントありがとうございます。

自死遺族になってから、何かといい意味で冷静に、
悪い意味で冷徹になったような気がします。

お母様の事、イタリアンさんは事実を冷静に
述べただけなのに、普通の人からすればあまりにも
慌てなさすぎで冷たい人に思われてしまったのでしょう。

私も次は親を送る番だと思いますが、
何事もなく粛々とこなすのだろうなぁと思っています。
順番ですからね。

猫や犬はいつも変わらず自分を慕ってくれますね。

ある意味悟りを開いたような自死遺族と、
そうでない人では埋めようがない溝があるので、
難しいところです。

はじめまして。
私も病死はなんだか決められて来た人生のようで羨ましい、なんて思ったことありました。
ある集まりで、自死はいいな、だって自分で死を決めたんでしょ?とゆう発言がありました。病死は自分で決めれない、生きたくても生きれないのよ!とゆう気持ちがヒシヒシと伝わってきました。
最愛の人をなくすのに、あの手段が良い悪いはありません。そこをくらべてはならないのです。病死だから自責はないわけではありません。
自死だから、自分で決めたのだから納得するものではありません。
最愛の人を亡くす、同じ境遇の方々同士に羨ましい、はやはり違うと思います。
自責は、全て自分都合です。独りよがりです。苦しいのは自責ではなく、自分をゆるす事なんじゃないでしょうか。すいません、生意気ですが。私は息子を自死で昨年亡くしました。

はるさんへ

はじめまして。

コメントありがとうございます。

病死と自死を比較するつもりはありません。

無い物ねだりかもしれませんが、自死への世間の偏見から、正直に話せない苦しみは
自死の方が大きいと思います。
そこを強調しすぎて、病死が羨ましいと取られてしまったのなら、
私の文才の無さで表現がうまく出来ていなかったのでしょう。

どちらも良い事ではありません。悲しくて苦しい事には違いありません。
病死遺族の方にも相当のつらさがあるのは十分に察します。

自分を許す、これは一生出来ないと思われるので、
自分を責める事でその苦しみから逃れようとしているのかもしれません。

貴重なご意見ありがとうございます。
様々な考え方に触れる事で、自分では気づかない事に気づかされますね。







プロフィール

るい37

Author:るい37
妻を自死で亡くした40代です。

親兄弟にも言えない心のもやもやを吐き出せば少しはラクになるかなと思い、ブログでも書いてみる事にしました。

いつまでもつか分かりませんがね・・・

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