遠くならないように

骨折から復帰して、約2か月ぶりのウォーキング。

前回はまだ真冬の寒さに耐えながら歩いてた気がするけど、
今はもう汗ばむくらいの季節。

いつの間にか季節が巡って、桜の花も散り、
新緑が目立つようになっている。
歩くにはちょうどいい気候。
夜でも全く寒くない。

季節が変わった事を実感するといつも、
妻がまたひとつ遠くなっていくような気になる。
実際に時間は確実に経っているから、
遠くなっているのには違いない。

何だか急に寂しくなって、
帰宅して妻の写真をいくつか見始める。
写真を見る度に、その写真を撮った時の事が
鮮明に甦る。

妻の声、香り、温もり、その全てが
今も脳裏に焼き付いている。

写真を見終わったら、自然と涙が頬を伝っていた。
号泣と言うわけじゃないけど、
涙はまだ枯れていないみたい。

こうして妻が遠くならないように、
ささやかな抵抗を試みる。

世間は、亡くなった人を過去に追いやろうと
するけど、僕にとっては過去であって過去じゃない。

これからもこの抵抗は続くのだろう・・・

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るい37さんへ

いつの間にか季節はめぐって、
もうすぐ、主人のいない二回目の夏が来ます。
私は今でも主人が亡くなった実感は薄く、
今日も職場から【帰るコール】があるような
気がします。

世間では過去の人かも知れませんが
自分がそれを認めてしまうのが嫌です。
るい37さんと同じで、伴侶が遠い人になってしまうのが
辛いです。

街を歩くと、すれ違う人はみんな、
心臓が動いて、感情があって、頭の中で色んなことを
想像しながら、日々の生活を送っているんだなと実感します。
ほんの少し前まで、主人もあの中にいたのに…。
あの人たちと主人の違いは、
生きているのか死んでいるのか、ただそれだけ。
たった一つの違いなのに、遥かな差。

もう主人の体はこの世から無くなって、
歩けないし話せない…
こんな思いが頭をよぎると、涙が溢れて心が痛くなります。

たまに、病気で死別した方のブログを拝見しますが、
コメント欄に、
「自分も後追いしたいほど辛い。でも自死したら天国で会えない。」
「自死したら地獄に行く。」
「自死は逃げ。」
などと書き込まれています。

同じ死別者の間でも、
自死は偏見の目で見られていますね。
悲しいです、傷付きます。

人間って残酷ですよね。



私も桜が咲いていた頃は、もう戻れない時間に、夫がどんどん遠くなっていっているようで寂しくなることが多かったです。

桜が散ってしまった最近は、1日の終わりに、これでまた夫のいる所に近づけたなぁって思うようになってます^^;

これから、夫が大好きな夏がやってきます。夫が亡くなって初めての夏です。夏になったら、どんな気持ちになるのか自分でもわからないけど、今の私は1日1日夫の所に近づいているのがちょっと嬉しいです。

最近、横暴でワンマンな店長と大モメになっていて、解雇でもいいかって思っていたのですが、今日社長が店の状況を解ってくれて、店長が平に降格されました(^^)

ああいうタイプが大嫌いだった夫が助けてくれたみたいに思えて嬉しい1日でした。

そしてまた1日夫に近づいていることも嬉しいです。

自分のことばかりですみません。

のあさんへ

帰るコール、今ではクルマにある妻の写真に
向かってしてます。

未だに「妻は亡くなりました」「死別しました」と
言うのはものすごく抵抗があり、
言った後は気力体力を限りなく消耗してしまいます。
やっぱり自分では事実を受け止めているつもりでも、
本心は認めていないんですね。

生きている事、動いている事、
話す事、当たり前の事なのに、
このすごさに今更ながら
感動を覚えます。

伴侶がその当たり前の事を
していた時の事を思い、
同時にそれがもう二度と出来ない事を
思うと、泣けて心が痛くなる感覚、
よーく分かります。
全く同じ思いです。

自死ってやっぱり死別の中でも
異端児扱いみたいですね。
確かにいい事では無いですが、
本人も自死したくてしたわけじゃないのに、
いかにも悪い事をしたとか、弱い人間だったとか
言われると、憤りと諦めの思いで切なくなります。

死別の中でも遺族が背負うものが重く、
引きずる期間も長くなるのは当然だと思います。

本人は心も身体もあんなに苦しんだのに、
せめて死後は穏やかに好きなように
過ごせていると願ってやみません。

でなければ可哀想すぎると思います・・・





ともさんへ

季節が変わると、伴侶にまた近づく。
この発想、いいですね。

事実であるし、プラス思考な感じで、
容易に受け入れられます。

そう思えばこの空虚なこの世でもどうにか過ごせる気がします。

職場環境が改善されたのは、ご主人の見えない力が
働いたのだと思いますよ。ともさんの事を
いつも傍で見ている証拠ですね。

私もこれから、一日が終わるごとに、
また一日妻に近づいたと思うようにしたいと思います。

たびたびすみません。

あくまでも、1日1日近づいているってことが嬉しいだけなので、急いで近くに行くことは絶対無しでお願いします(^^)

ともさんへ

大丈夫ですよ。

あくまで自然に任せて逝くつもりですから、
ただ、その時期が来るまでの気持ちの持ちようが
変わるだけの事です。

お気遣いありがとうございます。

るい37さんへ

るい37さんこんにちは。

随分前の夫との思い出がぼやけていくように
遠くなってしまうのが怖くて
私も写真を飾り何度もみています。
写真1つ1つに思い出があって
その時の気候や心情、会話・・・
昨日の事のように思い出されます。

今となればなんて事ない普通の事が
幸せだったのだなと感じます。

切ないですね。。。

自死を選んでしまった人達は
人の心に敏感で優しい人が多いと思います。
だからこそこの世では生きられなかったのだと。。。

悩みも苦しみもないきれいな世界で
のんびり過ごし、いつか再会出来る日を
待っていてくれると信じたいです。


まみさんへ

まみさん、こんにちは。

どの写真を見ても、次々と想い出が
頭の中を駆け巡りますね。
伴侶は確かに生きてこの世にいた、
その証を残していく事も
自分が生きる意味のひとつかもしれません。

当時、自分がいかに恵まれていて、
幸せだったのか今になって思い知らされます。

自死を選択する人は、
優しく、真面目だからこそ
正面から物事に向き合い、
完璧な解決法を探すあまり、
その選択をしてしまうような気がします。

自分があちらに逝くまで、
伴侶には穏やかな世界で、ゆっくりと
過ごしていてほしいと願うばかりです。


プロフィール

るい37

Author:るい37
妻を自死で亡くした40代です。

親兄弟にも言えない心のもやもやを吐き出せば少しはラクになるかなと思い、ブログでも書いてみる事にしました。

いつまでもつか分かりませんがね・・・

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