様々な形

先週の土曜日。

高校時代の友人二人と会って来た。
ここ数年会っていなかったので、つもる話もあり、久々に帰宅が午前様になった。

今回は自分の抱えてる思いを多少なりとも話す事が出来たような気がする。

悲しみや苦しみは決して無くならず、むしろ年月を重ねると大きくなって来る事。
ただただ、それに慣れていくしか無い事。
これまで何度も(今でも)後追いしようとする気持ちと戦っている事。

これまでは、二人とも妻子がいて、自分とは違う世界の人間(リア充)だから、
会っても仕方が無い、自分の気持ちなんて理解されない。

そんなネガティブな感情ばかりだったのが、今回はなぜか思いを素直に言う事が出来ていた。

自死の事はまだ話せていないけど、これまで二人とも特に妻の事を詳しく聞いては来なかったし、
彼らなりに僕の事を静かに見守って、気にしてくれていたせいかもしれない。

二人の近況はと言うと、
一人は15歳の長女が2、3年前から不登校になり、今はフリースクール的な所に通っている。
長女は知的障害もあるようだ。
妻(母親)は長女と心を通じ合わせる事が出来ず、友人の前で、長女を愛せないとまで言ったらしい。
そんな事もあってか、夫婦仲もよろしくないようで、子供がいなかったら離婚かもとか。
自分の父親がパーキンソン病を患っていて、歩くのも難しいとか。
もともと、彼の兄は知的障害者で今も一人では生活が難しいとか。

もう一人は、転職を繰り返し、年収が以前の半分にまで減って、
生活苦との事。娘が二人いるのにどーするんだろう。
夫婦仲は特に変わっていないみたいだけど、彼はクルマ好きなのに、好きなクルマに乗れない状況。

二人とも妻との会話はほとんど無いらしい。

それと比較すると、好きなクルマを2台持って、好きなように弄って走って、
両親もおかげ様で元気だし、仕事もいろいろありながらも順調な部類。

友人達から見ると、僕はお金も自分の好きなように使えて、心配事もなく、好きな事出来て羨ましいらしい。

待て待て、今の目先だけ見ちゃだめでしょう。
心配事なんて山のようにある。
両親が要介護になったら全部僕が背負う事になる。
自分の老後は誰も面倒見てくれない。だからそんな好き勝手に散財はしてないつもり。
一日仕事して帰宅して、今日あった事を話したくても話す相手がいない。
何かを相談する人もいない。
温もりが欲しくても、誰も与えてくれない。

「じゃあ、二人とも家族を手放すか?」

そう言いかけて言葉を呑み込んだ。

どんなに好きな事が出来ても、何よりも配偶者の自死と言う背負いきれない十字架が重すぎる。

二人の話と僕の状況を考えて、いったい何が幸せで、何が理想なのだろうと心が迷走する。

とにかく誰もがみんないろいろ事情は抱えている、それだけは間違いない。

なぜか今回は、自死遺族のオフ会以外に、初めて会ってよかったと思えた。
ある程度、自分の思いも話す事が出来たし、これも自分の中での変化なのかもしれない。

次はどう変わっているのかな・・・


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逃げ道

先日の軽井沢貸し切りバス事故。

未来(あると思われる)若い命が散った痛ましい事故。
近しい人を突然奪われたと言う点から言えば、自死と共通点がある。

そのつらさは身に染みて分かる。
遺族の悲しみ、苦しみはいかほどだろうか。

とてもやりきれないだろう。
そして、襲い来る後悔と自責。
あのバスに乗らなかったら、スキーに行かせなかったら、シートベルトをしていたら、
このヘンも自死と共通かもしれない。

しかし、どんなタラレバも、どれもこれも、最初から決まっていた事。
その人が生まれた時から、いや、母親の胎内で受精した時から決まっていた事。

その日、その時間、そのバス、その座席、その運転手、その全てが最初から決まっていて避けようが無い事。

運命は変えられるなんて言うけれど、例え変えられたと思ったとしても、
それも最初から決まっていた事。

この投げ槍とも思える考え方、妻の自死以降、死ぬほど後悔と自責と戦って来て、
自分の心の逃げ道を作る為にこの考え方に到達したのかもしれない。

僕が何をしようと何を頑張ろうと、妻の自死は防ぐ事が出来なかったとムリにでも思いこもうとしていた。
そう思わなければ生きて来られなかった。

バス事故の遺族がTV取材に対して、
「まだ何も信じられない、何も感じられない」そう言っていた。

そう、これからなんだよ。この先何年も悲しみ苦しみは大きくなっていくばかり。

一日も早く遺族の心に穏やかな時間が訪れますように・・・


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存在する意義

昨日、取引先による社内作業に立ち会った。

今回、作業を行う取引先担当者は新しい人で、
20代の女性Yさん。

僕も男だから、同じ仕事をするのなら、女性の方がいい。(笑)
作業中、何となく世間話をしてたら、どうやら入籍したばかりで、
先日、引っ越しを済ませたとの事。

とりあえず、おめでとうございますと言ったものの、当然のように微妙な気分。
Yさんは自分が必要とする人がいて、自分を必要とする人もいる。

僕は、どうなんだろう。
妻は僕を必要としてくれて、僕は妻を必要としていた。
この最も強い繋がりが無い今は、どうなのか。

仕事は僕の代わりはいくらでもいる。
プライベートでも僕がいてもいなくても特に誰も困らない。

自分の存在意義って一体どこにあるのだろう。

Yさんは、妻が僕と結婚した当時と同じような年齢なので、
当時の妻の輝きと幸せそうで眩しすぎるYさんがカブって、切なさが増幅する。

自分が誰にも必要とされていないと思うと、生きる力も大幅パワーダウン。
何か無いかと必死に考える。

散々悩んだ挙句、
妻が精一杯生きた証を伝えられるのは僕だけじゃないのか。
最後まで寄り添って妻の本音に向き合ったのは僕しかない。
僕がいなくなったら、もう一度妻は死んでしまう。

そんな結論に達した。

自分の存在意義を半ばムリヤリにでも何とか見つけたから、
妻の想い出にいつも以上に今日は思いを馳せてみよう・・・


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小さいわ

お正月。

TVやSNSでの家族で過ごすシーンを見たり、
家族の写真入り年賀状を見たり、
何年経ってもこの時期、どこにもぶつけられない切なさやイライラに襲われる。

母親が、僕の従姉妹家族の写真入り年賀状を持って来た。
従姉妹はまだ20代で既に子供が4人いて、さらに5人目を身籠っている。
母親は、年賀状の家族6人の写真を見ながら、
この子はイケメンだの、この子は父親そっくりだのと僕にコメントを求めて来る。

僕は、あーそう、ふーんとあしらう。

正直、他人の家庭になど全く興味が無い。

さらに母親は、僕の同級生の近況を聞いて来る。

これまた全く興味はないし、ずっと会ってないから分からない。

他人の近況が気になるのは、自分の状況が恵まれているからじゃないのか?
自分にとっては、ホンットにどーでもいい事。

近況を知ったところで、大抵は自分が引け目を感じるだけだから、
あえて避けるようになってしまっている。

従姉妹のおめでたにも素直に祝う心が持てない、
母親の問いかけに対して、まともな受け答えも出来ない、
そんな自分の器の小ささにさらにイラついてしまう。

イヤだねー、どうしてこんなに捻くれて黒いんだろ。

新年早々、こんなブログなんて何だかなぁ。

もやもやしながら、夜のウオーキング&ランニングに出かける。
今日は暖かいせいか、いい汗をかいた。

この汗と一緒に心の闇も流れてくれたらいいのに・・・


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プロフィール

るい37

Author:るい37
妻を自死で亡くした40代です。

親兄弟にも言えない心のもやもやを吐き出せば少しはラクになるかなと思い、ブログでも書いてみる事にしました。

いつまでもつか分かりませんがね・・・

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