心の棲家

たまたまつけたTVで、昭和30年代~平成20年代までの様々な年齢層が聴きたい曲の番組をやってた。

昭和の曲はどれも懐かしいものばかり。
当時の日々を思い、若かったなー、楽しかったなー、なんて思ってた。
と同時に、どうしても妻の事を思い、当然、元気な少女時代を過ごしていたと思うし、
こんな未来など誰も予想出来なかった。

妻と一緒にこの番組を見てれば、楽しく昔を振り返り、
懐かしさを二人で共有し、ほっとする時間になっていたに違いない。

それが出来ないせいで、ただただ、切なさしかこみ上げず、
目が熱くなって来る。

共に同じ時を生きて来て、共に同じ時を生きていく、
その存在が欠落しているつらさをこういう場面で実感させられる。

懐かしい曲を聞いても、それがどんな曲であっても、
今は涙しか出て来ない。
曲に対して涙を流すのではなく、自分達の当時の輝きと現状の悲しみを思い、
どうにもならない胸の苦しさから、ただ泣いている。

例えば、平成7年の曲が流れると、
21歳の自分が13年後に自分が死ぬなんて誰が思うんだろう。
誰も思わないよなー、と妻の写真に話しかけて泣く。

ある曲が流れた時、自分ではかなり前の曲だと思ったけど、
妻が亡くなった翌年の曲だった。
そうか、これ、妻は聴いていなかったんだ、
もうそんなに経つんだ。

確実に時は流れている。
でも時の流れにまだまだついていけてない自分の心。
止まったままの時間。

未来に目を向けても、何も無い。

自然と心は過去に向いてしまう。

過去には戻れないのは分かってるけど、
心は未だに過去を棲家としている。

限られた時間、今後、僕に何が出来るのか・・・

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前だけで上なんて

何かと仕事が立て込んでて、疲れた今週。

そんな中、今期の会社方針、部方針の説明があり、
合理化、原価低減、業務改善の項目で、
改善を推し進め、会社や個人のさらなるレベルアップを目指すようにとか何とか言ってたような気がする。

常に向上心を持って業務に取り組むようにと言われてもねぇ。

自分は前に進む、いや、現状を維持して生きていくだけで精一杯。
さらに上を目指すなんて気はさらさら無い。
例え目指したとして、その先に何があるのか。

家族がいて、もって生活レベルを上げたいとか、
あれをしてあげたい、これをしてあげたい、
そういう理由が一般的なのだろう。

護るものも無いし、何かをしてあげたいと言う対象も無い。

改善に取り組めば、当然、仕事に費やす時間も長くなる。
もともと仕事より自分の時間を優先するタイプ。
一人になってからその傾向がさらに顕著になった。

人間なんていつどうなるか分からないから、
出来るだけ自分の好きな事をする時間を増やしたい。

考え方は人それぞれだけど、自分は仕事で人生の時間を埋められるのは避けたい。

とまあ、こんな感じなので、積極的な改善や提案など出来るわけがない。

いや、したいと思っても頭が回らないと言うか集中して考える事が出来ないと言った方が正しいかも。

妻が見たら、
「私の死を仕事したくない理由に使わないでよ」
なんて言われるかな。

うーん、全てそれが理由とは言わないけど、
妻の死の影響が限りなく大きいのは紛れも無い事実。

7年近く経って、まだそんな事言ってるのかなんて
世間の人は言うんだろうか。

悲しみ苦しみは時間では解決しない、妻に再会するまで消える事は無い。

こういう時にそれを実感するね・・・

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普通な休日と言っていい

昨日は、友人達とBBQ。

彼らとはクルマがきっかけで知り合い、もう10数年来の付き合いとなる。
今ではクルマ以外での付き合いもするようになり。
僕にとっては大切な繋がりとなっている。

今回も、特に不快な思いをする事なく、ごく普通に楽しく過ごす事が出来た。
友人の家族を見ると、切ない思いをするのは変わらないけど、
妻との日々を思い返し、いい意味で妻を偲ぶ事が出来るようになった気がする。

強くなったと言うより、自分を守りつつ、妻の人生を肯定し、妻を自分の中に感じる術を
身に着けたと言った方がいいかもしれない。


今日は、BBQに参加したクルマを洗車して(BBQの前夜にも洗車)、
ついでに親のクルマも洗車。
その後は来週車検のクルマのタイヤ交換。
その他、動物病院行ったり、スーパー行ったり、
二日間、ごく普通の休日と言える過ごし方が出来たと思う。

そろそろお彼岸、スーパーで団子とおはぎを買って来て、
仏壇に供える。

こういう比較的安定した日々を過ごしていれば、妻も安心するかな・・・

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歩みの証明

友達からBBQの誘いがあった。

もともとクルマのサイトで知り合って、かれこれ10年以上の付き合いになる。
この集まりでは、妻が亡くなった事は明かしてるけど、自死は明かしていない。

これまでツーリングとかBBQとかで付き合って来た。
近所に住んでいるわけじゃないので、会う回数は年に一回あるか無いかになる。
2年ほど前にもBBQの誘いがあって、その時は迷いに迷った末に参加した。

自分がどんな状況になるか怖かったけど、終わってみればそれほど心乱れる事なく、
帰路につく事が出来た。

この仲間は、妻が亡くなった事について特に触れる事なく、付き合ってくれるので、
それも大きな要因なのかもしれない。
自死遺族の思いは理解出来ないにしても、ある程度相手の身になって考える事が出来るのだろう。

なので、今回も参加しようと思う。
こんな自分でも誘ってくれるのはありがたいしね。

以前の自分なら、とても参加など出来なかった。
人が集まる場所だし、中には家族連れやカップルも当然いる。
疎外感と切なさでいたたまれなくなる事は日を見るより明らか。

こうした集まりに参加出来るのは、進みは遅くとも確実に一歩一歩歩んで来た証なのかもしれない。
他人の配偶者を見ると、言いようの無い切なさを覚えるのは変わらないけど、
苦しみから一時的に心を背ける術を身に着けたような気がする。
やり方と言っても自分でも説明出来ない。

こんな技なんか修得したくなかったのにな。


猫がすり寄って来た。
「お前も大変だったな、よく生きて来たと思うよ、
 人1人、猫一匹で頑張って来たなー、どうよ。
 オレ、頑張ってるかな?どうだろうねぇ、
おかんに聞いてみたいな、おかんに逢いたいか?
逢いたいなぁ。どこにいるんだろ?お前には見えたりする?、
見えたら教えてくれよ」

猫に話しかけてたら、知らない内に涙が出ていた・・・

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重なる思い

今日は淡路島でオフ会。

実は同じ自死遺族の人と会うのは、自死遺族歴7年目で初めての事。
基本、口下手な僕がうまく話せるのか、相手を不快にしないか心配しながら、
現地に到着。

既にみっちとましゃさんは到着されていて、
まずははじめましてと挨拶。

何を話そうか全く考えていなかったけど、
自然と言葉が出て来て、会話が繋がっていった。
普段はなかなか胸の内を話す機会が無いだけに、
今日は久しぶりに本音で話す事が出来て、何か溜まっていたものが流れ出したような感じがした。

自分の思いを共感して共有出来るって、ホントに素晴らしいと今日ほど思った事は無い。
お互いに大切な人の事を話す時、何となく涙ぐんだりするのも、全く気にならず、
ありのままの自分でいられたと思う。

今日の会場は高速のPAで、普段なら周囲の家族連れやカップルを見て、
孤独な自分を実感していたたまれなくなるのに、
今日は周囲の事など全く気にならず、会話に集中していた。

やはりと言うか、分かっていると言うか、
あくまでお互いの話を聞くと言うスタンスで、心のデリケートな部分には触れない、終始そんな雰囲気だったと思う。
自分が聞かれたくない事は相手も聞かれたくないわけで、
これまで当事者ではない人の無神経な質問にさらされて来たので、
そのヘンは心得ていると言う事だろうか。

そんな雰囲気からだろうか、これまで周囲には一切言わなかった(言えなかった)事も、
自然と話すようになっていた。

これも当事者同士の安心感のようなものが成せる技なのかな。

昨日までは、会話がもつかなとか心配してたけど、
何の事は無い、今日は時間を忘れて過ごし、気が付いたら結構な時間話し込んでいた。


独りじゃないって素晴らしい。
生きてる事を実感して、生きていく力を得て帰路に着いた。

今日は自分にとって大きなターニングポイントになった。
ここ数年で味わった事の無い達成感と充実感が満ち溢れた。

また機会があれば是非参加したいな・・・








今日という日に何を思う

今日は世界自殺予防デー。

ここ愛知県は、東京、神奈川に次いで、
全国で3番目に自死が多いらしい。

愛知県知事らが、悩んでいる人達に声かけをして、
自死を予防するよう呼びかけをしている様子が、
ニュースで映し出されていた。

妻ももっと多くの人に話を聞いてもらえば、自死を避けられたのだろうか。
そもそも自死を考える人は、人に会う事自体が既に相当なストレスになり、
今の自分の状況を知られる事を極端に嫌う傾向がある。

実際、妻も体調を崩している様子を友達や近所の人とかには見られたくないと常に言っていた。

職場の人間関係等、第三者の介入で解決可能な問題なら、相談も出来るかもしれない。

結局、声かけで自死を予防出来る事例はごく一部のような気がする。


自死遺族はさらに厄介で、
孤独はイヤだけど、人と会うのもイヤと言う、周囲から見れば、
矛盾の塊でどうにも扱いに困る。

1人になりたいけど、独りはイヤ。
誰かに話を聞いてもらいたいけど、いろいろ聞かれるのはイヤ。
寂しさはつらいけど、かと言って人が集まる場所も苦手。

そんな葛藤をずっと抱えて生きてきた。
そしてこの先もずっと抱えて生きていくのだろう。

こんな思いをする人は1人でも少なくなって欲しい。

とにかくそう強く思った今日と言う日・・・

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頷けるようにはなりたくなかったけど

先日、TVである霊園を取材している番組を見てた。

お墓参りに来た60代の女性。
七年前に最愛の一人息子をガンで亡くしたとの事。

熱心にお墓掃除をしていた。
息子さんが亡くなった当初は、人に会うのがイヤでイヤでずっと引き籠っていたらしい。
他人の子供の話を聞きたくなくて、息子の事を聞かれるのがイヤでとにかく外との関係を遮断してたとの事。

女性は、取材に応じながら、
こんな事になるのなら息子ともっともっとたくさん話しておけば良かった。
逢いたくてたまらない。

時折、涙を流しながら語っていた。


自死遺族になる前なら、ふーんそうかぁ、で終わっていたけど、
今は、その女性の思いがイヤになるほど良く分かり、
終始TVに向かって、うん、うんと涙ぐみながら頷いていた。

比較にはならないとは思うけど、ガンで亡くなったのなら、
言い方は悪いけど、諦めも覚悟もある程度は出来ると思う。

自死の場合は、「可能性」がつきまとう。

あーしていたら、こーしていたら、そのどれもがまだ見ぬ未来を想像させ、
遺族を苦しめる。

今回のように、他人の悲しみを理解出来るようになったのは、
人として大きくなったのかもしれないけど、その代償はあまりにも大きい。
誰もこんな経験などしたくない。

これも転生輪廻の修行のうちなのだろうか。
あまりにもむごい修行だと思う。


ここのところ、吹く風に秋を感じるようになった。
ミスドにも栗系のドーナツが増えて、こんなところにも秋を感じる。

季節は確実に巡っていくんだね・・・

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同乗

昨日、妻の夢を見た。

夢の中で、二人は旅行に行っていた。
どこに行ってたのか、何を話してたのか覚えて無いけど、
とにかく楽しく過ごしてた。

そういえば、オフ会まであと約2週間。
僕の気持ちの高ぶりが、こんな夢を見させたのか、
実は妻もオフ会を楽しみにしているのか、それは定かでは無いけど、
妻に逢えた事実には違いない。

夢を見て目覚めた時、切ない気持ちもまだあるけど、
妻に、出て来てくれてありがとうの気持ちの方が強くなっている。

生きていく上で、妻に夢で逢う事は本当に大きな力となる。
僕の事を忘れていないんだな、元気にしてるんだな、
そう思う事で、深い安心感を得られる。

そっちではもう、泣いてないよね。
歩いてる? 走ってる? 旅行行ったり、買い物もしてる?

妻が笑顔でいてくれれば、僕も安心してこの世での務めを全う出来る気がする。

オフ会には間違いなく助手席に妻は同乗してると思う。
いや、そう思いたい。

時折、助手席に話しかけながらのドライブになると思う。
周囲から見たら、ただの気持ち悪いアブナイ人かもしれないけど、
そんなのはどうでもいい。

今も僕の傍で、オフ会までの日を指折り数えている妻を想った・・・

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プロフィール

るい37

Author:るい37
妻を自死で亡くした40代です。

親兄弟にも言えない心のもやもやを吐き出せば少しはラクになるかなと思い、ブログでも書いてみる事にしました。

いつまでもつか分かりませんがね・・・

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