妻の形見

妻の形見は数えたらキリがない。

服、靴、化粧品等は
当然、いや、この家そのものが、
形見なんだ。

家造りはほとんど妻が
仕切って、僕が口出ししたのは、
車庫に関してくらい。

庭もガーデニングのお店に
頼んで、木を植えてもらってたり
していた。

庭弄りが好きで、
僕は車庫で洗車、妻は庭で
庭弄りが休日のよくある風景だった。

庭弄りの道具や肥料なんかも、
主を失って物置で眠っている。

家そのものが主を失っているんだね。

家の外、中、どこを見ても
妻の好みで揃えたものばかり。

見てるとつらい気持ちに
なる事もあるけど、
処分なんて出来るはずもない。

妻が手をかけていた庭も、
僕が出来るのは、
植物への水やりと草むしりくらい。


水やりをしながら、
庭弄りをする妻の
姿を思い出して、
また涙ぐむ・・・・



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些細な日常にこそ

数ある妻との想い出の地の
いくつかに
これまで足を運んだ事が
あるけど、

どーやってもツラい気持ちに
しかならず、
また、そこに妻が
いる訳でもないので、
ほとんど行けなくなっていた。

今日、久々にモスが
食べたくなって、
ドライブスルーへ。

注文、支払い、受け取りを
済ませ、帰宅途中、
妻と買いに来た事が
思い出された。

帰宅途中の車内で、
妻は必ず、ポテトを開けて、
つまんでいた。
「クルマがイモ臭くなる
 から、家着くまで
 我慢出来ないのかなー」

「いーじゃん、別に、
 食べる?」

と、運転中の僕の口に
ポテトを放り込んで来た。

「美味しいっしょ?」

当然、数日間はイモの
匂いが車内に残ってた。

そんな事を思い出してたら、
また涙腺がヤバイ事に。

運転中に泣くのは危ない。


敢えて旅行とか行った
想い出の地に
行かなくても、
些細な日常の中に
想い出は山ほどある。


ヘタに何か思い立っても
行動出来やしない・・・




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分かるわけない 分かってほしくない

高校時代の友人から久々に連絡があり、
昨年、結婚した友人の家に
みんなで遊びにいかないかとの事。

その友人の結婚式には、
自分も呼ばれてて、

妻が亡くなってからは、
冠婚葬祭(特に婚)には
あまり出たくない自分だけど、
半ばムリヤリで出席した。

案の定、結婚式中は
自分の結婚式を思い出して、
涙を必死でこらえながら、
拷問のような時間だった。

その友人の家に結婚式に
参加した面子で集まろうと言って、
日程調整とかを依頼された。

以前はそういう役回りを
する方だったけど、
今はとてもそんな気力がない。

向こうはいかにも、
妻が亡くなってから時間が
経っているから、
ある程度立ち直って?
いるだろうと思っているみたい。

イヤ、違う、それは違うよ。
時間が経って、どうにもならない
現実やいろんな想いは
変わらないのに、それにどうにか
耐え続けている日々だから、
むしろ消耗して電池切れの状態。


リア充な人には分からないんだな。
分かってほしくもないけど。

集まる友人3人は、全員配偶者あり、
うち2人は子どももあり。


集まってもリア充な話聞かされて、
また涙をこらえなきゃいけないのか・・・



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ターニングポイント

何となく、猫の写真を見ていた。

うちの猫は5歳を過ぎたところ。

生後3カ月頃に我が家に来た。

それから、写真はそこそこ撮っている。

うちの来た頃から、ずっと現在までの
写真を順番に見ていた。

当然、妻に抱かれていたりする
写真もある。
そういう写真は未だに涙なしでは
見られない。

あるところで、写真の閲覧が
ストップした。

それは妻が亡くなってから、
初めて撮った写真。

その前の日付の写真を
撮った時には当然妻も
生きているわけで、

この写真撮った時には
もう妻はいないんだ、
そう思ったら、一気に
写真が涙でぼやけて見えなくなった。

ターニングポイントなんて、
軽々しい言葉ではとても
表現出来ないけど、
確かに一生背負っていく
ターニングポイントである事は
間違いない。

その日付の前の写真を、
見ては、この時は確かに
妻はいたのに、
なぜこの日付になったらいないんだ、

と訳の分からない事を
口走っていた。


どうにもならないのにね。



ここ数日、体調があまり
よろしくないので、
早目に寝よう・・・



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護られている

僕は昔から俗に言うクルマ好き
というかクルマバカ。

今の若い人達からは考えられない
と思うけど、自分の食べる
分を削って、タイヤや部品代を
捻出してた時代もあった。


妻が亡くなって、約9カ月の頃。
初盆を前にした8月初。

雨の山道を走行中、
トンネル出口で、スピンして、
山側の壁にぶつかってから、
クルマは反対側へ。

そっちは川が流れている。
クルマは何をやってもコントロールが
効かない。

そのまま川へまっしぐら。
「あ、妻の所へ逝くのか」
そう思って観念した。

激しい衝突音とともに、
クルマはガードレールに当たって
停止。

体はところどころ痛みはあるけど、
歩ける。
クルマはちょうど、ガードレールの
支柱に当たって止まっていた。

もし、強固な支柱部分でなかったら、
ガードレールを突き破って川に
転落していた可能性が高い。

その分、クルマへの衝撃は強く、
廃車となった。

事故から数日後、
夢に事故のシーンが出て来た。

運転席ではなく、
クルマの外から眺めてる構図だった。

クルマがガードレールに
向かっていくシーンで、
ガードレールの向こうに人影が。

両手で必死にクルマを抑えようとしている
妻の姿が確認出来た。
まさに来ちゃダメー、と
言わんばかりの表情。


そうか、まだそっちに逝くのは
早いって事か。


やっぱり僕は妻に護られている、
生かされている。

いつも傍にいてくれてる。


そう思わなきゃ、やっていけないけどね。


僕の守護霊は強力なようです・・・



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妻の加護

妻が亡くなって、四十九日までは数回、
夢か枕元か分からないけど、
姿というか気配を確認出来た。

何を言う訳でもないけど、
じっと妻はそこにいた。

四十九日を過ぎた辺りから、
姿を現さなくなり、
成仏して、僕の元を離れて
行ってしまったのかと思っていた。

そして一周忌の前夜、
寝ている僕の足元に妻が現れ、
「久しぶりだなぁ」と
思っていたら、
こちらへすーっと倒れこむように
近づいて来て、そのまま
僕に同化するように消えた。

その夜は、妻の姉夫婦が
泊まりに来ていたが、
二人は夜中に妙に
窓の外が騒がしく(人が
話しているような)、
白っぽい光が広がっているのに
気がついた。

特に何があるわけでもなく、
妙に明るい光が玄関辺りにあったらしい。
(二人が寝ていた部屋は二階)

一周忌の後、妻は姿を現さなくなった。

今度こそ僕の元を離れて、
別の命に生まれ変わったのかと
思っていたら、思わぬ形で
再会?する事になる。



昔はこのテの話は
怖くて仕方がなかったけど、
今は逆にほっとする気持ちに
なるのはどうしてだろう・・・



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故人の居場所

週一で通っているお墓。

自宅には仏壇があり、
当然毎日お参りしているけど、
妻はどこにいつもいるのだろう。

一般的にはお墓だと言われているが、
ではなぜ仏壇が自宅にあるのか。

僕は双方に故人はいると考えている。

妻の遺骨をお墓に納骨する時に、
どうしても遺骨の一部を身近に
置いておきたくて、
分骨して、妻の婚約指輪と結婚指輪
(火葬時に妻にはめてあげて、
 火葬後に残ったもの)
と一緒に小型の骨壷に入れて、
仏壇に未だに置いてある。

分骨すると故人が苦しむという
人もいるけど、
苦しんでるのなら、出て来て
文句のひとつも言ってくれれば、
それはそれで嬉しいし、
その時は故人の要望に沿うつもり。

何より、自分の気持ち的にその時が
来ないみたい。

自宅にいても、お墓に行っても
妻に会えるのは僕にとっては嬉しい。

というか、いつも僕の周りにくっついて
いるんじゃないだろうか。

幾度かそんな現象と思われる事が
あったしね。

それはまたの機会にでも書こう。


さて、今日は猫の爪切りでもするかな・・・



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募る想い

今日、所用で出かけた時、ある和菓子屋さんの近くを
通りかかった。

そのお店には妻が好きだった水まんじゅうが
置いてある。

毎年、夏になると買っていた気がする。

たまたま妻が検査入院していた病院が近くにあり、
入院中の妻にも買っていった。

妻は僕が面会に来るのを今か今かと
待っていて、何回も「もう着く?」
「あとどれくらい?」とメールが
携帯に届いていた。

病室に着いて、水まんじゅう買って来た事を
告げると、いい笑顔で、
「ちょうど食べたいと思ってた。
 一緒に食べよ」

水まんじゅうを買って帰る途中、
そんな事を思い出していた。

あ、ダメだ。また泣けて来た。
どれだけ泣いても涙は枯れない。

その病院の近くにも未だに行けない。
当時の記憶がよみがえって、
全身が固まりそうになる。



妻が無くなって3年以上経つと、
環境も変わって来る。

特にモノは劣化が進み、
消耗品は交換、購入が必要となって来る。

日用品でも出来るだけ、妻が使っていた
物にしたいけど、生産中止や
モデルチェンジ等で手に入らない物もある。

こういう所で月日の経つのを感じる。

身につける服も、
妻がいつも買って来てくれて、
僕は着るだけだった。

服は劣化していくので、
買い替えが必要となる。

自分で服を買いに行くわけだけど、
適当に買って来てるから、
「相変わらずセンスないねー」
と妻に呆れられている事だろう。

どーせセンスありませんヨ。

だったら、出て来てアドバイスしてほしい。


自分が使うものはそーやって
変わっていく。

でも妻の物、服、靴、アクセサリー、
化粧品、ハンカチ、櫛等々は、
亡くなった当時とほとんど変わらぬ状態。

遺品整理って何?

気持ちがいつになっても、どーやっても
そんな方向に向かない。

周りから前を向いてとか言われ、
自分でも前進まないと、と思うけど、
未だに前がどっちだかさっぱり分からない。

結婚指輪もすっとはめたまま。

いつかそれを外せるほどの
機会が訪れるのかな?


ムリだろうなぁ・・・





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夏はキライ

このブログは非常に不適切な表現が
あると思われるので、
不快と思われた方は
ご退出下さい。


もう季節は夏。

でも夏はキライだ。
もともと暑いのが苦手
(11月生まれというのもある?)
だけど、この時期は妻がちょうど
体調を崩して、苦しんでた時期だから、
毎年夏は胸が締め付けられる。

7月初めから、体の不調を訴え始め、
病院もいくつか回ったけど、診断はされず。

ある病院で、
「もしかしたら大変な病気かも」
との事で、大きな病院に紹介状を書いてもらった。

そこで検査入院したけど、数値的には
異常なし。

経過観察と言われたけど、
症状は確実に出ており、その数も増えていた。

「大きな病気かも」を調べていくと、
国の特定疾患に指定されていて、原因、
治療法とも不明。

患者数は10万人に数人の割合。

筋肉や神経の病気で、体が徐々に
動かなくなり、最終的には目しか
動かせなくなる。

しかし、脳は正常な為、動かなくなって
いく体をはっきりと認識出来る、
残酷なもの。

しかし、診断されるまでには相当な
年月を必要とし、
ようやく診断される頃には
既に寝たきりとなっている場合も。

妻の症状はその初期症状に酷似していた。

もうこれしかないじゃないか、
そう思い二人で泣いた。


「診断される頃にはもう死ぬ事も出来ない」

そういって妻は自死サイトを徘徊していたが、
なかなかこれという方法を
決めかね、そうこうするうちに夏も終わりに
来ていた。

あの夏の日々は本当に生き地獄だった。


※この疾患と闘っている
(治療出来ないから闘うというより
 付き合っているという表現が正しいかも)
本人やそのご家族には本当に申し訳ないけど、
僕達にはそれを受け入れる事は到底ムリだった。



またこの季節が来たのか・・・



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押し潰されそうな感情

今日、妻の母校の生徒達の通学風景を見た。

妻にも当然、高校時代はあるわけで、
当時は僕と知り合っていない。

高校時代の友達との写真はいい笑顔をしている。
この時はまさか自分の人生の結末など知るわけもない。

そんな事を妻の後輩達を見ながら感じていた。


帰宅してふと、妻の書いた日記や遺書を
久しぶりに読み返した。
やっぱり号泣したよ。嗚咽の嵐。

いつになったら泣かずに最後まで目を通せるんだろう。


職場や友人、知人、親兄弟の前では
心配かけまいと普通に振る舞っているけど、
根底の部分は何も変わっていない。

妻が自死関連のサイトを見てるのは
知っていたけど、あえて咎めたりしなかった。
苦しむ妻の姿を見たくない、
ラクにしてあげたい、
そんな気持ちばかりが先行していた。

いや、自分が逃げたかっただけなんだろう。

自死を何が何でも止めようとして、
「じゃあ、死ぬよりつらい思いを私は
 ずっとしなければならないの?」
と言われたら返す言葉がなかったろう。

まともじゃない。
正常な思考が出来ていなかった。

結婚式でいかなる時も妻を守ると
誓ったはずなのに、
なんて偽善でズルイ人間なんだ。


体調のせいで心が崩壊した妻が
必死で書いた一文字一文字を読みながら、
心臓が握りつぶされそうな感情が襲って来る。

何で妻があんな目に遭わなければ
ならないだろう。
世には生きてちゃいけない人間が
他にたくさんいるというのに。


また負の波動、負のスパイラルが
巡って来たのかな。
周りに対する怒りの感情が高まってる。


何か他に目を向けないと・・・


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あれから、今、これから

妻が亡くなってから3年と9ヵ月。

まだ生きている自分がいる。もちろん妻の後を追って
逝こうと思った事は何度かある。
今でもふいにそんな衝動に駆られる時もあるけど、
その度に親兄弟に自分と同じ悲しみを味あわせては
いけないと思い留まる。

同じような境遇で、うつ病で仕事を休んだり、
辞めたりする人がいると思うけど、
体調を崩す事はあってもそこまでの重症にはならずに
ここまで来ている。

妻があんな状態で亡くなったのに僕は冷たい人間なのか?
やはり感情の一部をどこかに置き忘れてしまっているのか?

涙は相変わらず枯れる事はない。
妻の事を想って、心臓が握りつぶされるような
つらい気持ちになる事も未だに多々ある。



これからどう生きていくのか想像もつかない。

親がいい人いるからと、強引に他の女性に
会わせられた事もあったけど、全く楽しくなく、
妻への罪悪感ばかりが募った。

そりゃそうだ。
妻が書いた遺書の中に、
「浮気はしないでね」
「私を一生あなたの妻でいさせて下さい」
なんて書かれていれば、他の女性と再婚はおろか
お付き合いも出来るはずもない。

この呪縛を解くのは容易な事ではない。

実際、自分もそんな気はまだまだ起きない。


生前の妻の言葉

「私が死んだら再婚していいよ」
「いや、やっぱりして欲しくない」
そんな事を言ってた。

体調を崩している中、僕の幸せを願う一方で
僕が他の女性といる姿は見たくないという、
相当な葛藤に苦しんでいたと思う。
だからこそその想いを汲んでいきたいと思う。

この先はどうなるか分からないけど、
少なくとも今はそうしていくつもり。

このまま一人で朽ち果てていくのも、それはそれだ。

数年経っても、自暴自棄にはいつでもなれるものだね・・・


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はじめに

4年前の10月に妻を自死で亡くした。
簡単に言うと病気を苦にしての結果。
残されたのは猫のみ。

僕は妻の病気に対して何もしてやれなかった。

というか病名もろくにはっきりしないままに
妻は自らの人生に決断をして逝ってしまった。

結局どの医者も診断を下せず、症状だけが消えない。
何だ医学って。

だが、苦しむ妻を前にして、はっきりと
自死を否定出来なかった僕が一番罪深いんだ。
でも自分が同じ状況だったら同じ決断をしただろう。

だから妻に「死んじゃいけない」と強く言えなかった。
結局自死を後押ししたと同じだよね。
妻に死んでお詫びしないといけないけど、
そんな勇気もない。
何より親兄弟に僕と同じ悲しみを味あわせたくない。

そんな感じでずるずると生き長らえてます。
生きてる意味や価値があるのか・・・

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プロフィール

るい37

Author:るい37
妻を自死で亡くした40代です。

親兄弟にも言えない心のもやもやを吐き出せば少しはラクになるかなと思い、ブログでも書いてみる事にしました。

いつまでもつか分かりませんがね・・・

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