給油

今夜のウォーキングで、妻の実家近辺に行って見た。
妻の死後、初めて訪れる。

距離にして片道約3km。
結婚前はほぼ毎日のように通ってたけど、徒歩で行くのは初めて。
おかげでゆっくりと想い出に浸る事が出来る。

楽しかった当時に思いを馳せながら、あんな事もあった、こんな事言ってたなと歩いていると、ある場所で足が止まった。
そこは何の変哲も無い道路。

あれはある春の日。
妻から連絡があり、
妻 「ねぇ、クルマが故障したみたい。止まっちゃって動かない、すぐ来て」
僕 「止まった?何で?とりあえず行くよ」

現場に到着すると、路肩に妻のクルマが止まっており、車内の妻に声を掛ける。
妻 「なんか、急に力が無くなってその内、エンジンが止まっちゃった」

そんなに古いクルマでも無いのになぜ?
キーを捻ると、セルは回る。電気系では無いみたい。
次は燃料系か。
あ、ガソリンが空っぽ・・

僕 「あはは、ガス欠だよ」
妻 「え?そー言えば少なくなってたようだけど、燃料計見てなかった(汗) どうしよう」
僕 「スタンド行って、ガソリンもらって来るよ」

僕は妻を自分のクルマに乗せ、ガソリンスタンドで携行缶にガソリンを入れてもらう。
今はこの行為は確か消防法?に抵触するとかでダメみたいだけど、当時はまだ良かった。

妻のクルマに戻り、給油して無事に復活。

妻 「ありがとうー、助かった。」

僕も誰かに必要とされて、好きな人に感謝されていい気分になった。


良かったなぁ、いい時代だったなぁ、言いようの無い切なさを感じながら、また歩き始める。
今だからこの程度で済んでいると思うけど、これが5年前とかだったら、到底耐えられなかっただろう。
これまでも何度か行ってみようかと思いながら、自分がどうなるか怖くて行けなかった。

妻の死後、7年余り、これまで走って来て心身ともにガス欠気味な今日この頃。
今度は僕が妻に給油してもらいたい。

特に心への給油が激しく望まれる・・・


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まだまだ

今日は妻の7回目の命日。

と言っても、特別な反応が自分に起こるでも無く、
仕事も普通にこなせていた。

仕事中にふと、7年前の今日は大変だったなぁと何となく
振り返る程度だった。

これは進歩と言っていいのだろうか。

帰宅して、仏壇の前で蝋燭と線香に火をつけ、
妻の遺影を見ながら、ぽつぽつと自分の思いを呟く。

「そうかぁ、7年かぁ、早いのか遅いのか分からないな」
「そっちでは好きだったじいちゃんやペット達に逢えたかな?」
「オレは相変わらずダメダメな生活してる」

実際、自分自身、特に成長したとも思えないし、
無気力で向上心も無く、心には深い闇が居座っている。
あの日から時間は止まったまま。

「こんなオレの事なんかとっくに忘れちゃってるかな?」
「話がしたいよ、温もりが恋しいよ」

妻が生きていた頃の事に思いを馳せながら、
こんな事を呟いていたら、涙が頬を伝っていた。

あんなに楽しそうにしてたのに、あんなにチャーミングだったのに、
この現実は悔しすぎる。どうやっても僕には妻しかいない。

7年経っても本質的な部分はちっとも変わらない。
表面的には普通に見える(そう繕っている)のかもしれないけど、
まだまだみたい。

今日のこの日は妻とお別れした日。
確かにそれは事実。
自ら命を絶ち、人生を終わらせた本当に悲しく切なく悔しい日。

と同時に、妻が苦しみから解き放たれた記念日。
妻が妻である事を取り戻した日。

そう思えば、自死のネガティブさも少しは和らぐような気がする。
妻の人生、行為をどうにかして肯定したい、そんな思いがこういう思考を生み出しているのかな。

まだまだ五里霧中、暗中模索な7年目だけど、
昨年とはまた違った考え方、捉え方をするようになっている。

来年、まだ生きていたら、また違った見方が出来るようになるかな・・・


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変遷

今日、TVで華原朋美さんが、「I BELIEVE」を歌っていた。

この歌は僕と妻が付き合う直前くらいに発売された曲で、
よく聴いていた。

妻も華原朋美さんら小室哲哉(以下TK)ファミリーが好きで、
2人が付き合うようになってからは、部屋で、クルマで、
本当によく聴いていた。
特に華原朋美さんとglobeが多かったかな。

90年代のTKファミリーの栄華は誰もが知るところ。(若い人は知らないか)
その後の苦労、苦難も誰もが知るところ。

TVが終わった後、久々に当時のCDを引っ張り出して聴き始める。
聴いてると、妻と付き合う前のドキドキする気持ち、
付き合いが始まってからのトキメキ、ワクワク、
楽しい想い出、喧嘩した想い出、その全てが甦る。

そして、今。
時は流れ、僕はオッサンになり、TKファミリーもそれなりに年齢を重ねている。
そして妻はこの世にすらいない。
90年代、戻りたいな。

朋ちゃんも苦労したよね。
妻と華原朋美さんは、年齢もひとつしか違わない。
30代で亡くなった妻は、どんな40代の女性になっていただろう。

TVの朋ちゃんと妻を重ね合わせていたせいか、
涙を浮かべながら、聴いている自分がいた。

朋ちゃん、昔より顔が優しくなったかな。
これからも歌い続けて欲しい。

♪輝く白い 恋の始まりは とてもはるか 遠く昔のこと・・・

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キスマーク

ネットニュースやコラムを見てたら、
女性の7割がキスマークをつけられるのがイヤだとか。

理由は、
何だかマーキングされて所有物扱いな気がする
下品に見られる
どんな探りを入れられるか分かったもんじゃない

が主な理由らしい。

キスマークねぇ。
久しく縁が無いし、この先も無いのだろう。

僕は妻に対してキスマークをつけた事はほとんどなかった。
上記のように、キスマークをつけた女性に対して下品なイメージを持つ人は
いるわけで、妻がそういう目で見られたくないって言うのが理由。

だからつけるなら見えない所に。(笑)

逆に妻は僕に対して、首筋や腕など外から見える所にキスマークをつけたがった。
嫌がる僕にムリヤリつける事もあって、僕は嬉しさ半分困惑半分な感じだった。

キスマークをつけたまま、一日仕事して帰宅した僕に、
「ね、誰かに何か言われた?」と
目をキラキラさせながら妻は聞いて来た。

どうやら妻のおもちゃにされていたらしい。

そんな事を思い、妻の写真を眺めながら自分の首筋を撫でる。

再会したら、今度は妻にお返ししてやろう。

返り討ちに遭うかな・・・

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箱根

ニュースで、箱根の火山活動による規制状況を見ていた。

箱根も妻との想い出が存在する場所。
ニュースの映像を見ながら、
硫黄の香り漂う大涌谷で、黒タマゴを食べた事、
夏の暑さと混雑で疲れたロープウェイ、
夜が思いの外寒かった宿、
そんな事を思い浮かべていた。

あの頃は、妻の好きなテディベアーミュージアムもあって、
大きなテディベアーと並んで写真を撮ったり、妻は楽しそうだった。
併設するカフェで食べたスコーンが美味しかったな。

想い出に浸りながら、当時の写真を眺める。

以前は想い出の地をTV等で見るだけで、涙が溢れて止まらなかった。
今でも切ない寂しい気持ちには変わりは無いけど、
比較的穏やかに振り返る事が出来ている。

自分の中で、悲しみに慣れたのか、泣いてもどうにもならないと諦めたのか、
後悔は消えないけど、現実は現実として認めつつあるのかもしれない。

そうは言っても、写真を見ながら妻に話しかけたり言葉として口に出して想い出を語ると、
どうしても涙がこらえきれない。

いつか涙なしで、想い出を語る事が出来るようになるのかな・・・

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プロフィール

るい37

Author:るい37
妻を自死で亡くした40代です。

親兄弟にも言えない心のもやもやを吐き出せば少しはラクになるかなと思い、ブログでも書いてみる事にしました。

いつまでもつか分かりませんがね・・・

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