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穏やかに

独りになったあの日から今日で、丸9年となる。

昨日、弟がふいに、明日命日だったよなと言って来た。
僕以外の人間でも、あの日は特別な日で心に深く刻まれているようだ。

弟と、当時の事についていろいろ話をした。
以前ならとてもまともに話など出来なかったと思う。
多分、弟自身もショックだったと思うし、あの日からの僕の様子を見ていれば、
その話を到底出来る状況ではなかっただろう。

弟はあの日の影響からか、前日の自分の予定とかも覚えていた。
普通、9年前の何て事の無い日の予定なんて覚えていないだろう。
それほどにあの日の出来事は一生かかっても消えない、強烈な一撃を心に刻み込んだ。

9年が経ってようやく、誰かと一緒に振り返りが出来るようになったみたいだ。
取り乱す事も無く、極めて穏やかにごく普通の会話のように。
また一歩進めたかな。

慣れって怖いというかすごいと言うか、
でも慣れていかないと生きていけないしね・・・


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独りにされて

さて、傍目にはごく普通に生活してるように見えている今日この頃。
あまり使いたくない表現だけど、立ち直ったと思われているのだろうか。
以前の自分に戻るなんてのはあり得ないんだけど。

配偶者の自死と言う、この世での試練で少なくとも5本の指に入るであろうと思う経験をして、
当初
①何もかも捨ててこの世を去ってしまいたい
②目に映るもの全てが苛立ちの対象
③妻を救えなかった自分は何の価値も無い人間だから生きていても仕方が無い
④とにかく妻に逢いたい
⑤どうして自分だけこんな目に遭う
⑥この先の希望など皆無だからどうしたら早く死ねるか
⑦もっともっと妻にしてあげるべき事があったのになぜしなかったのか
⑧もう誰とも会いたくない
⑨無責任な周囲の言葉に過剰に反応して傷つき、憤る
⑩妻以外の人など考えられない

変化
①こういう状況になるのは最初から決まっていて誰も悪くない
②生きられる内は出来るだけ健康でいたい
③好きな事だけして、今日だけを見て生きる
④妻は妻であの世で楽しく暮らしていて欲しい
⑤どうせ生きているのなら、楽しく過ごしたい
⑥周囲の言葉を受け流す(無視とも言う)
⑦もし、良縁があれば流れに任せてもいいかも

独りになってからの自分は大体こんな感じだったのかなと思う。
変化してはいるものの、希死念慮も消えていないし、落ちている時は何もかもまた捨てたくなる事もある。

それでも自分を甘やかしたり、ムチ打ったりしながら今を生きている。
こういう自己分析的な事が出来るようになったのも変化の一つかもしれないな・・・



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相互必要性

人並みにお盆休み消化中の今日この頃。

かと言って特にやる事も無く、どこかに出かけるでも無く、ホントに惰性で日々を過ごしている。
どちらにしろ、この時期は出かけても人もクルマも多いから、出かけない方が正解。
世間一般ではそうもいかなくて、家族や恋人と出かけなければいけない人も多いのだろう。
ホントにお疲れ様です。

お疲れ様だけど、それは否が応でも充実した日々になっているのだろう。
ヘンな事を考えたりする時間も無く、目の前の人達と想い出を作る事に集中していればいい。

毎回、こういう休みには何となくもやもやした思いに悩まされて来たけど、
ある程度は慣れて来たと思ってた。
しかし、なぜだか今年はそのもやもやが異様に巨大化してる気がする。

何だろう、何をするにもやる気が出ないに加え、いても立ってもいられない焦燥感のようなものも感じる。
焦燥感、不安感、抑うつ感のコンボにまた押し潰されそうになっている。

今の自分は、いてもいなくても同じだと言う思いがまた強くなっている。
僕が死んだら、確かに親兄弟は悲しむのかもしれない。
でもいなくても特段何かに困るとかは無いんじゃないか。

僕が必要とする人もいなくて、僕を必要とする人もいない。
この状態って、やはり人として存在意義を感じられないものすごいストレスなのだろう。
このストレスが自分を追い込み、心身ともに様々な障害を引き起こしていくのかもしれない。
罪悪感や後悔と言ったものは、最近ではなりを潜めているから、
誰からも必要とされない、自分が必要とする人もいない、相互必要性の全く無い生活が、
ますます自分を追いこんでいき、消えたくなる衝動が強くなっていく。
ここ1週間くらいがホントにマジメに苦しくてちょっとヤバイかもしれない。

こういうのって、再婚でもすれば解決するのかな?
そんな簡単なものでも無いか・・・


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8年越しの

今日、お寺で納骨をお願いして来た。

妻が亡くなって以来、喉仏と頭の骨の一部と婚約指輪と結婚指輪を
小さな骨壺に入れて、仏壇に保管していた。

いつまでそうしておくのか自分でも分からないでいたけど、
先般から、妻が成仏出来ずに困っているのを知らされ、これも妻を苦しめている原因のひとつなのかもしれないと
思い始めた。

お盆を前にこの機会に納骨しようと思い立った。
お寺に連絡して、和尚さん立ち会いの下、お墓から妻の遺骨が入った骨壺を取り出す。
8年以上経過してるから、骨壺はかなり汚れていたけど、遺骨はそのまま綺麗に収まっていた。

骨壺から遺骨を取り出し、お墓の中に納める。その後に、喉仏、頭の骨、婚約指輪、結婚指輪を納めた後、
お経をあげてもらう。

骨壺から喉仏を取り出した時、今は骨だけど、ちゃんと生きていて、動いて、話もしていたのになと思い、
ウルっと来た。

これで解放されて成仏出来るかな。

妻が亡くなって8年と10ヶ月近くになるけど、ようやく少しずつ時間が進み始めたのかもしれない。
かと言って、妻の事を忘れると言うわけじゃない。
むしろ、より強く自らの心にその存在を刻み込む気持ちになった。

悲しみは変わらないけど、生きている以上、この世での歩みを進めていかなきゃならない。
まだ僕にはこの世でやるべき事があるのかもしれない。

そのやるべき事を、心に刻んだ妻と一緒に進めて行こうと思う。

これからも変わらず見守っていてくれるかな・・・

IMG_1896-1.jpg



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諦めの良さ

母親が大腸にポリープが見つかったとかで、
明日、病院で最終検査して日帰り手術か一泊手術か決まるらしい。

母親 「やだなぁ、手術」
僕 「・・・・・・・」
母親 「冷たい子だねぇ、励ましの言葉とかかけたらどう?」
僕 「励まして治るものならいくらでも励ますよ 何しようが何もかも最初から決まってるんだよ」
母親 「あんたの本性がよーく分かったよ、それしても諦めが良過ぎない?」
僕 「そうしないと生きられなかったから、こうなってしまったのかもなぁ、
   オレが諦めの悪い人間だったら、今頃生きていないかもな」
母親 「まあ、そうかもしれないね」

またやっちまったかも。
ホント、冷たいイヤな人間になってしまっている自分にまたも自己嫌悪する。

誰かを励ます、誰かに励まされる、誰かの生きがいになる、誰かを生きがいにする、
それが全く無い生活が長くなると、人間ここまで変わってしまうのか。

それは自分が生きていく上でムリヤリ身に着けた術なのだろうか。
もうこれは仕方が無い事だよね、そんな風に言い聞かせてみる。

そうは言っても、こんな自分から脱却して、前に進まなくてはいけないと思う自分もいる。

葛藤の日々はまだまだ終わりそうにない・・・


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プロフィール

るい37

Author:るい37
妻を自死で亡くした40代です。

親兄弟にも言えない心のもやもやを吐き出せば少しはラクになるかなと思い、ブログでも書いてみる事にしました。

いつまでもつか分かりませんがね・・・

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