今回は杞憂に終わった

昨日、小中学校の同級生4人と会って来た。

4人の内、1人は数ヶ月の一回くらい会ってる。
1人は数年前に一度会ってる。
残りの2人は中学卒業以来、会って無い。

妻が亡くなった事は、数ヶ月に1回くらい会ってる同級生だけが知ってる。(自死は知らない)
なので、家族関連の話題になった時にどうなるのかそればかりが気になってた。

実際に会ってみると、やはり家族の話題にはなったけど、
死別した事を伝えると、そうか、つらいな、と言う感想だけで、
あとは何も聞かれなかった。

彼らの話を聞いてると、みんなそれぞれいろいろ経験していて、
人は様々な事情を抱えているのだと、彼らもそれを分かってるから、
僕の事情にズカズカと踏み込んだりはしなかったのだろう、と
勝手に推測していた。

会合全体としては、昔話も含めてバカな話もしたし、
場としては居心地は悪くなかった。

僕は結婚してから地元を離れ、15年くらいして実家に戻って来たので、
地元の話題には疎い。
同級生達はずっと地元に根付いているので、これからまたいろいろ教えてもらおう。

今回、同級生との繋がりが増えて(復活した?)ので、僕自身の変化にも繋がるかもしれない。
何かの力に導かれてこういう流れにもなっているのかな。

また気が向けばそういう場にも行くし、気が向かなければ行かない。
それでも新しい事に積極的に取り組む姿勢は自分にとってプラスになって行くと思うし、
自分自身の変化を見届けていきたい気持ちもある。

また一歩歩みを進める事が出来たかな・・・


にほんブログ村
スポンサーサイト

埋まらない溝

夕方のニュースで、栃木県で起きた雪崩事故を報道していた。
あれから一ケ月経ったと言う事で、遺族や関係者が慰霊を行う様子を取材。

アナウンサーが、
「事故から一ケ月経とうとしていますが、未だ遺族の悲しみは消えません」

一ケ月で悲しみが消えたら苦労は無い。
悲しみ自体は一生消える事も癒える事も無い。
一ケ月だったら、むしろこれから悲しみが大きくなっていくのだと思う。

こういった突発的に近しい人を亡くした気持ちはやはり当事者でないと分かるはずも無い。
当事者とそうでない人の溝は埋まる事が無いので、当事者の気持ちに寄り添う事も難しい。

「分かってないなぁ、そうじゃないんだよ」
以前は、前述のアナウンサーの言葉にいちいち反応してたけど、
毎回それではこちらの身がもたない。

いつからか、こればっかりは仕方が無い事で、理解出来ない方を責める事は出来ないのだと
思うようになった。

自分の心情を理解してもらおうとする事に疲れ果て、
理解されなくて当たり前だと思えば、気持ちが楽になって行った気がする。

分かる人には分かる、それでいいんだ。

そう思う事がこの世で生きる術のひとつなのかもしれないな・・・


にほんブログ村


複雑ながらも

今日、少し早めに仕事を切り上げ、洗車。
洗車後、物置で探しものをしていると、妻のブーツ様達とご対面。

先日の、「僕の時間があまりにも進まないので妻が成仏出来ないでいる」が頭をよぎり、
時間を進める手段として、ブーツ様達を物置の外に出してみる。

誰も履かないので、埃をかぶり、劣化も進んでいるように思える。
現実的には保管していてもいい事は何も無い。
かと言って、すぐには処分出来ず、しばしブーツ様達と見つめ合う。

見つめ合っていると、これらを履いて歩いている妻の姿が目に浮かぶ。
その姿は、言葉では言い表せないほど本当に愛おしい。愛おしくてたまらない。

と同時に、亡くなった直後の妻の姿も目に浮かぶ。
その姿も同じく愛おしい。もう目を覚ます事は無いのだと思うと、尚更愛おしさがこみ上げて来る。

二つの愛おしい妻の姿は、何れももうこの先見る事も、触れる事も出来ない。
ブーツ様達も主を失い、ただ朽ち果てて行くだけ。
その朽ち果てる様子を見るのもつらいし、そもそも保管している意味も既に無いのかもしれない。

それからまだしばらくブーツ様達を見つめ合い、妻への想いを噛みしめ、
さんざん悩んだ挙句、ようやく処分に踏み切った。

妻が苦しんでいるから、と思っても、やはり複雑な気分には違い無い。
これからも気が向けば、少しずつ時間を進めていけたらと思う。

これで少しは妻も解放される事を願う・・・

IMG_1612.jpg


にほんブログ村

巡り合わせと言えばいいのか

今日は18回目の結婚記念日。

仕事は休みを取って静かに過ごそうかと思っていたら、
朝から母親が一人の女性を連れて来た。
その人は霊能者と言うわけでは無いけど、どうしたら人が良い方向に進んで行けるのかを
助言する人らしい。

何でも、母親がここ最近、喉に違和感があり、声が出にくい事があるとの事。
その人に相談したところ、まずは病院で検査するように言われ、検査結果は異常無し。

そこで今日は、何か家に悪いものが憑いていないか、祈祷に来たらしい。
全ての部屋を回り、火打石のようなものを打って行く。
祈祷が終わり、その女性と母親、僕と3人で話をする。

家には特に悪いものは憑いていなかったけど、
原因はどうやら妻の霊らしい。

内容は、
そろそろ成仏して生まれ変わる準備をしなきゃいけないけど、
僕が、毎週お墓に行ったり、記念日を毎年祝ったり、遺品を処分出来なかったり、
部屋のカレンダーが2008年10月のままだったり、とにかく独りで苦しんでいる様子を
見ていると、とても成仏出来ない。

それで何とかして欲しいと、妻は母親にすがっているらしい。
母親が喉に違和感を覚えたのは、妻が首吊りで亡くなったから。

あなたの想いは十分過ぎるほど受け取って、とても幸せな結婚生活だったから、
もう自分の人生、幸せだけを考えて欲しい。そういう時だよ。

これが妻の気持ち。

だが、そう言われても僕の気持ちの整理がつくはずもない。
それでも妻が成仏出来ずに苦しんでいるのなら、納得はとても出来ないけど、
その想いに応えてあげなければならないのかなとも思う。

今日、母親は僕が休みと言う事は知らずに、僕も祈祷の事など知らなかった。
ただ、祈祷に来た女性は、僕に会って話がしたかったらしい。
この偶然は何かの巡り合わせなのかな。

巡り合わせと言えば、今日、いつものように花とケーキを買って来ようとしたら、
いつもの妻お気に入りのケーキ屋さんが臨時休業でケーキ買えなかった。
これも妻からの、もういいよ、のメッセージなのだろうか。

妻も直接出て来て言ってくれればいいのに、
でもそうしたら、僕が引き留めてしまうに違いないので、母親を通して気持ちを送ったのかな。

妻の想いに触れて、やはり泣けて来たけど、どこかで何となく僅かでもほっとしている自分もいる気がする。
これから自分でもどうなるか分からないけど、妻への想いは自分の中に納めて、
止まった時間を進めて、妻を安心させてあげるように心がけてみるつもり。
新しい伴侶とかそこまでは急過ぎるけど、思いを分かち合いながら日常をともに過ごしていける人に重きを置いていければと思う。

さてどうなりますか・・・

IMG_1593-1.jpg

薄情なんかじゃない

何とも久しぶりの日記。

自死遺族としての後悔、自責の念にさんざん苦しめられ、(今も苦しんでるけど)
それから逃避するかのように、他に集中出来る事を目先でも何でもいいから
見つけて、この世の地獄を乗り切ろうと歩んで来た。

それが友達と出かける事だったり、趣味だったり、とにかくいろいろと試行錯誤して
自分を維持出来るように過ごして来た。

そうして過ごす間は、心の苦しさはいくらか緩和され、一般的にごく普通の日常にも見える。
ともすると、妻の事を忘れているんじゃないかともとれる。
いや、忘れるなんて事はあり得ない。
ごく普通の日常にも、妻の想い出、口癖、面影、温もり、軌跡はいつでも甦って来る。

傍目に普通に過ごしているように見えるのは、
自分でも知らないうちに、妻の自死を自分の中に取り込める事が出来ていると言う事だろうか。
どうせ一生抱えていかなきゃいけないのなら、もうそれを自分の一部として迎え入れてしまえ、
そんな状況なのかな。

自死遺族として、一生苦しんで悲しんで落ち続けるばかりが人生じゃない、
自死遺族だって楽しんだっていいよね。
楽しんでたら、不謹慎なのだろうか。薄情なんだろうか。

そんな僕の日常を見ている妻は、何も言わないし、出て来ないから、
それでいいよ、と分かっていてくれているのだと思いたい。

つらい感情はまだまだふとした瞬間に顔を出すけど、かなりなりを潜めている。

こんな感じで進んでいけばいいのかな・・・


にほんブログ村


プロフィール

るい37

Author:るい37
妻を自死で亡くした40代です。

親兄弟にも言えない心のもやもやを吐き出せば少しはラクになるかなと思い、ブログでも書いてみる事にしました。

いつまでもつか分かりませんがね・・・

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR