この世の縁切り

昨日、京都は安井金毘羅宮へ。

ここは縁切りと縁結びが有名らしい。
先日の、妻が成仏出来ずに苦しんでいるとの事で指導?を受けたので、
妻の旅立ちを手助けする為にこの世での縁切りを祈願した。

妻との縁が悪縁だなんて思いたく無いけど、こういう結果になっていると言う事は、
少なくとも良縁では無かったと言う事か。
僕と出会わなければ妻は自死などしなくて済んだのかと思うと、また自責の念が高まって来る。

妻にはこの世で僕の傍にいて欲しいと思うけど、かと言って言葉を交わせるわけでも、
温もりを感じられるわけでも無い。
このままでいると、悪霊に変わってしまう事もあると言われ、
この世での縁切りを祈願する事にした。
それでも、縁切りはあくまでこの世だけで、あの世ではまた縁を結びたい気持ちには変わりない。

朝、9時前に現地に着いたけど、人が途切れる事なく、祈願をする人が次々とやって来る。
人との縁切り、病気との縁切り、良縁を望む人、その願いは様々だけど、
みんな真剣に長い時間、祈りを捧げている。
いろんな事情があるんだろう。いや、僕の事情もなかなかに重い方だと思う。

縁切り祈願した後は、周辺をぶらっと散策。
この辺りは比較的有名な観光地なので、妻とも何回か訪れている。
京都にはたくさん来たけれど、最後に訪れたのは確かこの辺りだった気がする。
妻と最後にあるいた坂道で、足を止めて写真を撮ったあの時に想いを馳せる。
まさか最後の京都になるとはその時の2人には知る由も無い。

この世では悲しい結末になったけど、これで妻が成仏してくれれば、これも僕のこの世での務めなのだろう。
あの世でちゃんと待っててくれるかな・・・

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悲しいけど、めでたい

先日、高速道路でわき見運転のトラックが、渋滞最後尾の軽自動車に追突。
クルマ数台を巻き込む事故があった。

その事故で軽自動車に乗っていた、90歳と88歳の老夫婦が亡くなった。
これを聞いて可哀想と言う感情が湧いて来ない。
それより、そんなにも長く連れ添って、しかも最期は一緒に逝けたなんて、
羨ましい限りとしか思えない。

あると思ってた2人の未来を突然抹消され、未だに希死念慮が消えない僕にとっては
今回の報道は不運な事故では無く、むしろ幸運なのではないかと思ってしまう。

一般にはとんでも無く不謹慎だと罵られそうだけど、
実際、そういう感情しか無い。

こういうニュースを誰かと見てる時は、迂闊にコメントなど出来ない。
つい、前述の思いを口にしてしまいそうになるのが怖い。
もし、口にしたとしたら何て冷たい、恐ろしい人なんだろうと思われるんだろう。

好きでこんな感情を持った訳じゃない。
妻を失ったあの日から、冷たい、恐ろしい日々を送って来た結果なのかもしれない。
この感情は一生消えないんだろう。

悲しいけど、めでたい。
捻じ曲がって閉ざされた心にはそんな思いしか感じなかった今回の事故。

妻の自死に対して、これで良かったのかもしれないとムリヤリ自分に
言い聞かせて来た弊害かな・・・


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今回は杞憂に終わった

昨日、小中学校の同級生4人と会って来た。

4人の内、1人は数ヶ月の一回くらい会ってる。
1人は数年前に一度会ってる。
残りの2人は中学卒業以来、会って無い。

妻が亡くなった事は、数ヶ月に1回くらい会ってる同級生だけが知ってる。(自死は知らない)
なので、家族関連の話題になった時にどうなるのかそればかりが気になってた。

実際に会ってみると、やはり家族の話題にはなったけど、
死別した事を伝えると、そうか、つらいな、と言う感想だけで、
あとは何も聞かれなかった。

彼らの話を聞いてると、みんなそれぞれいろいろ経験していて、
人は様々な事情を抱えているのだと、彼らもそれを分かってるから、
僕の事情にズカズカと踏み込んだりはしなかったのだろう、と
勝手に推測していた。

会合全体としては、昔話も含めてバカな話もしたし、
場としては居心地は悪くなかった。

僕は結婚してから地元を離れ、15年くらいして実家に戻って来たので、
地元の話題には疎い。
同級生達はずっと地元に根付いているので、これからまたいろいろ教えてもらおう。

今回、同級生との繋がりが増えて(復活した?)ので、僕自身の変化にも繋がるかもしれない。
何かの力に導かれてこういう流れにもなっているのかな。

また気が向けばそういう場にも行くし、気が向かなければ行かない。
それでも新しい事に積極的に取り組む姿勢は自分にとってプラスになって行くと思うし、
自分自身の変化を見届けていきたい気持ちもある。

また一歩歩みを進める事が出来たかな・・・


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埋まらない溝

夕方のニュースで、栃木県で起きた雪崩事故を報道していた。
あれから一ケ月経ったと言う事で、遺族や関係者が慰霊を行う様子を取材。

アナウンサーが、
「事故から一ケ月経とうとしていますが、未だ遺族の悲しみは消えません」

一ケ月で悲しみが消えたら苦労は無い。
悲しみ自体は一生消える事も癒える事も無い。
一ケ月だったら、むしろこれから悲しみが大きくなっていくのだと思う。

こういった突発的に近しい人を亡くした気持ちはやはり当事者でないと分かるはずも無い。
当事者とそうでない人の溝は埋まる事が無いので、当事者の気持ちに寄り添う事も難しい。

「分かってないなぁ、そうじゃないんだよ」
以前は、前述のアナウンサーの言葉にいちいち反応してたけど、
毎回それではこちらの身がもたない。

いつからか、こればっかりは仕方が無い事で、理解出来ない方を責める事は出来ないのだと
思うようになった。

自分の心情を理解してもらおうとする事に疲れ果て、
理解されなくて当たり前だと思えば、気持ちが楽になって行った気がする。

分かる人には分かる、それでいいんだ。

そう思う事がこの世で生きる術のひとつなのかもしれないな・・・


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複雑ながらも

今日、少し早めに仕事を切り上げ、洗車。
洗車後、物置で探しものをしていると、妻のブーツ様達とご対面。

先日の、「僕の時間があまりにも進まないので妻が成仏出来ないでいる」が頭をよぎり、
時間を進める手段として、ブーツ様達を物置の外に出してみる。

誰も履かないので、埃をかぶり、劣化も進んでいるように思える。
現実的には保管していてもいい事は何も無い。
かと言って、すぐには処分出来ず、しばしブーツ様達と見つめ合う。

見つめ合っていると、これらを履いて歩いている妻の姿が目に浮かぶ。
その姿は、言葉では言い表せないほど本当に愛おしい。愛おしくてたまらない。

と同時に、亡くなった直後の妻の姿も目に浮かぶ。
その姿も同じく愛おしい。もう目を覚ます事は無いのだと思うと、尚更愛おしさがこみ上げて来る。

二つの愛おしい妻の姿は、何れももうこの先見る事も、触れる事も出来ない。
ブーツ様達も主を失い、ただ朽ち果てて行くだけ。
その朽ち果てる様子を見るのもつらいし、そもそも保管している意味も既に無いのかもしれない。

それからまだしばらくブーツ様達を見つめ合い、妻への想いを噛みしめ、
さんざん悩んだ挙句、ようやく処分に踏み切った。

妻が苦しんでいるから、と思っても、やはり複雑な気分には違い無い。
これからも気が向けば、少しずつ時間を進めていけたらと思う。

これで少しは妻も解放される事を願う・・・

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プロフィール

るい37

Author:るい37
妻を自死で亡くした40代です。

親兄弟にも言えない心のもやもやを吐き出せば少しはラクになるかなと思い、ブログでも書いてみる事にしました。

いつまでもつか分かりませんがね・・・

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